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第24話

 若い時にはモテたであろう顔をしている嘉山は、抱かれる方に興味を持って以来、葵を指名し続けている。  青年と呼ぶには多少無理のある年にさしかかる双眸が歪んだ。それでも幸せそうにこちらを振り返るので、葵は淡い微笑みを向けた。  出来るだけ優しくしてほしい、などとかわいいことを言うものだから、年上の嘉山に会う時はなるべく格好良い葵を演じている。一緒に過ごす時間は少しでも楽しいと思ってもらえるように。  背後から突き入れた格好のまま口付け、彼の性器を扱いてやる。打ちつける腰に感じているらしい快感を含むくぐもった声が聞こえた。そのべたべたになった口元を離すと、繋がった唾液が滴り落ちた。    いつでも気付いた時には脅威になるほど大きくなっている。台風が発生するにはいささか早いと思うが、微かに逸れるコースがテレビに映し出されていた。数日前の話だ。  今は窓ガラスを叩く雨音が断続的に聞こえている。  にわかに暗くなる室内へ灯したベッドサイドだけが、ぼんやりと淡い光を放っていた。君みたいなきれいな子に抱いてもらえるからなおさら自分の仕事を頑張れる、と言う嘉山の腰をゆっくりと撫でてやる。 「嘉山さんが元気に過ごせるなら、いつだって会いに来ますよ」 「ふふ、葵くんも無理しないようにね」  行為後のシャワーを浴びて、予定時間に余裕がある時はこうしてベッドで恋人みたいなピロウトークをする。  それから数枚の紙幣を受け取り、部屋を出る頃には更に雨足が強まっていた。表の駐車場に停まるレクサスへ乗り込んだ時には服の裾が少しだけ濡れていた。適度な空調の入った車内は除湿もされていて、とても快適な空間が保たれていた。  窓ガラスと屋根を叩く雨の音が響いている。  雨の音ばかりが、響いている。  葵は後部座席から身を乗り出し、運転席に座する守代の耳元に口を寄せていつも通りにと告げた。それを合図に、静かに守代のマンションに向けて走りだした車内から窓の外を眺める。  集中豪雨かと思うほどたちまち一気に降り始めた土砂降りにあいまって、葵の体調は低下の一途を辿っていた。  桐宮に会った日から一週間以上、同性の体液を摂取することなく我慢していた。現状に対する答えを出すまで体液を摂取しようとは思えず、多めの買い出しをしてまで普通の食事を摂ることを努めた結果がこれだ。  まるで水だけで生活をしたかのような、酷い空腹感が葵の体を蝕んでいた。  今日の仕事はなんとか乗り切れた。  それでも、ゴム越しに粘液の熱が伝わると無性に酷く恨めしかった。  桐宮との学生時代に得てしまったこの悪癖が、いつまでも抜けてくれない。  眩暈がする。  迎え入れられた守代の室内でふらふらと向かったのは寝室で、既に自分の匂いなど残っていないベッドに倒れ込んだ。ついさっきまで抱き締めていた人の温もりが遠い。徐々に体温が低下し、浅い息ばかりを繰り返している。頬を包む大きな掌がじんわりと温かい。  プライベートで愛を切り売り出来ない、この不器用さと実直の紙一重。  唯一喉からは摂取が可能だったが、それでは到底足りない。  ただ触れてくるばかりの守代はベッドの上座に腰かけ、今葵が欲しいものを知っているくせに自ら与えようとはしてくれないようだ。  こんなに苦しいのならば、最初から知りたくなかった。誰にも理解されない体質に胸を焦がす飢餓感。  もしも再び繋いだ桐宮の手を離したくないのならば、けじめとして守代に別れを言わなければならない。それでも、心地良い居場所を作ってくれた守代の手を拒みたくもない。  どちらの手を掴むべきか悩む間にタイミングを逃してしまいそうだ。それはまるで空中ブランコの台にいるように。  きっとこのままでは、堕ちてしまう。  限界ギリギリのおぼつかない唇で守代を求める言葉を呟き、結局は与えてくれる彼の優しさに甘えた。  ベッドに縫いつけられたまま、しっかりと指を絡める。シャツやスラックスを乱す守代の姿がたまらなく愛しいと感じた。 「悩んでた」 「何を?」 「このままじゃ、だめだって」 「それで限界も言わずに仕事に出てどうするんだ」 「……一樹さんは甘いよ」 「それくらいしかしてやれることがないんだ、大目に見ろ」  ぽつぽつと溢す声が雨音よりもはっきりと耳朶に入って来た。  喉も腹も十分満たされている。  さようならを言ってしまえば、もう甘い雨を降らせてくれないだろう。しかし、定期的に精液を摂取しなければならない葵の依存症を指していることだけは伝わって来た。  

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