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第25話
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普遍的な教室には同じ制服を着た何人かの生徒が椅子に腰かけていた。机の上には筆記用具や教科書、ノートが置いてある。黒板には数式の羅列。授業中だ。教卓に立つ男性教師が説明をしながら、たびたび一人を見ている。
その生徒の中の一人、葵がノートを適当にぱらぱらと捲り何気なく教卓の方を向いた。そして、教卓の方を見た葵の視線とその教師の視線が合わさり、どちらからともなく口角をほんの僅かだけ上げて微笑む。
それを目にしているのは、葵よりも斜め後ろに座る細身ではあるが体格の良い生徒だった。
半袖のシャツを纏っていても分かるほど筋肉が適度に引き締まっている。サイドを刈り上げた茶の混じる黒髪。その彼の三白眼が、二人の視線を捉えていた。
突如カツンッ、と高らかに打ち鳴らされた音と「はい、オッケー」と現場に響く声。それは一気に現場の緊張をといた。
教室が組み立てられたセットの中は、撮影に使われる角度だけが本物通りの精巧さで作られている。
葵の大変明るい髪色では真面目な生徒は無理があるだろう。それでも、設定上は普通の学生役だ。シャツのボタンは上一つしか開いておらず、ネクタイもきっちりと締められている。もちろんピアスなどの装飾品は一切身につけていない。それに加え、今時の洒落た黒縁眼鏡をかけている。これだけは私物だ。
葵に話が来た続編のゲイビデオの撮影が始まったのは梅雨入りが発表された後だった。
撮影は間隔を空けて、少しずつ分けられたパートを進めている。そしてこの日は数シーンの撮影で上がりの予定だ。
短い時間に身だしなみのチェックが入り、次のパートへ進む。
前回の作品でも共演した教師役の東間(あずま)と校内を模した階段へ向かった。この撮影場所自体が制作会社所有の建物のため、シチュエーションに合わせたセットは多数ある。それから階段下の壁につきそうな位置へ立つように指示が入った。カメラが至近距離で撮っているが、長年の慣れであまり気にならない。
東間が葵を囲うように壁へ片腕をついたところからスタートの合図が送られた。
晴れて禁断の恋が成就した二人が校内で隠れて触れ合うシーンだ。
じっと葵を見つめる東間の顔が教師の顔を徐々に変化させていく。実に熱のこもったその表情に、葵は照れたようにはにかんだ笑みを浮かべる。そして彼の頬に触れたところで瞼を閉じて催促するように小首を傾げると、にわかに瞼の裏側の影が濃くなった。彼の顔が近付く気配がして口付けが落とされた。
次に儚そうに淡い微笑みで視線を合わせるはずだったが、目線が合った途端にうっかり互いに笑ってしまった。
東間と別れ、葵が一人で階段を昇っていく。そして教室のシーンで同席していた三白眼の彼と顔を合わせて一区切りとなった。
撮影は動き一つ取っても逐一微調整が入る。一番良い角度と雰囲気を撮ろうとしているカメラと照明のセッティングも合わせ、体感時間よりもなお一層時間の経過は早かった。
次のシーンで今日の予定は終了だ。
「葵さーん」
「ん?」
このシリーズ以前から三白眼の彼とは顔見知りだ。その鋭い目付きからはかけ離れた、間延びした喋り方をする加藤が少しの合間時間に話しかけてきた。
たぶん実年齢は同じだったはずだ。しかし会うたびに何だか身長差が広がっている。
癪なことだ。
「これ終わったら飲み行きませんかー?」
「あー、残念。今日は予定入ってるんだ」
「彼氏ですかー?」
「違ェよ、店の同僚と食事」
他のスタッフが誘導する方向へそぞろ歩く。今度は建物の外だった。
あまり梅雨入りを感じさせないすっきりとした青天は広がっているが、少し蒸し暑い。立ち位置を決められて、そこへ立つ。それと同時にヘアメイクのスタッフが間に入り、移動中に崩れたらしい髪型を直していった。
葵と度々冗談めいた軽口を叩き合う加藤は、役に入り込むといつも雰囲気がガラリと変わる。なかなか役者に向いていると思う。
そして、合図と共にキューのカウントとカチンコが鳴り響いた。
向き合って立つその数秒後に、苦しくはない角度で胸倉を掴まれる。手直しされた服装はあっさりと、ものの数秒で崩れた。
彼の方へ引き寄せられて、それを拒むように両手で薄いシャツ越しの体を押す。すると、触れた部分からじわりと体温が伝わった。
「なあ、先生とどういう関係なの? お前」
「ッ、関係ないだろ」
「付き合ってんの?」
ハッと葵が顔を上げると、細い眦を笑みに形作った加藤の顔とぶつかる。
「カット! 加藤くん、表情が甘い。もっと意地の悪そうな顔で!」
今度は目は笑っていないくせに口元だけ上がっている口角。それにぞくりとしていると、すかさずNGが入る。微かに顔が歪んでいたようだ。
「葵くん、嬉しそうにしない!」
せめてもう少し言い方というものがあるだろう。それでもそれほど緊迫した空気が流れていない現場は終始楽しいもので、細かな注文が付け加えられながらも本日の予定が終了して、解散となった。
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