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第26話

 既に座席が埋まりかけている店内に足を踏み入れ、先にいるはずの人物の名を告げると奥座敷へと案内された。ごく一般的なチェーン店の居酒屋だ。その薄暗い場所でサングラスはないだろうと、私物の、撮影時からの伊達眼鏡をかけている。 「お疲れさまです」 「お疲れ」 「お疲れ、さまです」  個室のように区切られたスペースには約束をしていた涼だけではなく、MILK arch新宿店№2のジュンがいた。葵が入店した時には既にナンバー入りをしていた彼は面倒見の良い兄貴のような風体で、葵も指導を受けた。スケジュールの都合で顔を合わせていなかったが、いつ見ても雰囲気が変わっていない。順位を抜いても、ジュンに対してはなんだか敬語が抜けなかった。公表では年上となっているが、実年齢は知らない。  彼はがっしりとした体格と反するようにのんびりとした性格をしている。うちの店のメンバーはギャップがある人間ばかりだと、葵はつくづく思った。  案内をしてくれたスタッフに涼がメニュー表を見ながら注文をしていく。そこそこ長いテーブルには氷の入ったお茶とおしぼりだけしか乗っていなかった。どうやら待たせてしまったようだ。涼の向かいにはジュンが座っているので、葵は涼の隣に座った。 「葵さん、車で来ました?」 「いや、歩きで来た」  葵だけに聞くのならばジュンも車ではないのだろう。率先して動く涼の様子はいつも通りだが、どこか落ち着かない雰囲気をしている。オーダーの確認をしたスタッフが威勢の良い声を残してスペースを後にした。 「ジュンくん、会うの久しぶり」葵が声をかける。 「ああ。外の仕事ばっかり入ってたからな。元気にしてたか?」 「お陰さまで順調です」 「そりゃあ、何よりだ」  撮影の仕事中はシフトを入れないようにしていた。日程調整を兼ねて数日前に店舗へ向かうと珍しくフロントにいた涼に会い、どうしても聞いて欲しい話があると言われ、この約束を交わした。その日から多少元気がない彼の素振りがなんとなく気になっていた。  急に元気の良い声がかかり、注文したものが次々と運ばれてはテーブルの上はすぐに埋まった。生ビールを始めとした焼き鳥や冷奴などの定番メニューだ。 「忙しいのに呼んじゃってすみません」 「いや……、お前一人で抱える問題じゃないだろ」ジュンが真面目に告げる。 「あー……はい」 「何? もう二人で話した感じ?」 「まだ全然、触りだけ。まぁ、何にせよ今日もお疲れ」  苦笑を漏らしながらジュンがジョッキを掲げ、それに合わせすぐに涼と葵もお疲れと定型句を言い合い、ガツン、とジョッキを合わせた。  冷え切った黄金と白い泡が揺れる。

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