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第27話
熱気と喧騒とアルコールに煙草。
そこに食べ物の匂いが混じった空間で聞くには何だか場違いな気もしたし、その浮かれた雰囲気が中和してくれるような気もした。
「ナツくんの客がストーカーになりかけているらしい」
小分けしたサラダを食した後に唐揚げを皿に取り、レモンをかける。そのまま口に運ぼうとしたところで静かにジュンが言う内容に、葵は一口食したまま固まった。隣では涼が自棄のように二杯目のビールを煽っている。
「なりかけてる、ってどういうこと?」一口分咀嚼して聞き返す。
「僕もナツくんからやっと聞いたんです。いつもみたいに笑ってたけど、明らかに煙草の本数が増えていたし、何かあったと思って」
そこで区切って、段々と熱くなる内側の苛立ちをぶつけるように、ポン酢をかけた彼の分の大根おろしやイクラ、ネギなどの薬味がたっぷりと乗った冷奴をスプーンで掻き込むように咀嚼し始めていた。おそらく、箸で食べるほど上品な気分になれないのだろう。
「煙草は嗜好品だからさ、ビールと同じようなものなんですよ。本数が少ないなら機嫌が良いし、逆に本数重ねないと落ち着かないのは明らかに……何かあったんだ」涼が言葉を重ねる。
「そりゃあ、もっともな見解だな」ジュンが食い終えた串を置く。
「ナツくんも自分で気付いてるんだろ? 何で店に報告してないんだ?」ポツリと問う。
「迷惑かけたくないって言うんです」
その考えには何だか身に覚えがある。
誰かに頼ったり縋ることでわざわざ弱さを露見したくないのだろう。しかし、今までもナツは被害に遭うことが多かったが、そのたびにいつも報告をしていたはずだ。今回だけに限って店側に言わないのは明らかにおかしかった。それならば現在最もナツと関係の深い涼が聞き出すことがかなり難しかっただろうことは想像に難くない。
気付けばジュンが肉系のものばかり食べているので、串焼きだとか豚の角煮がもうなくなりかけている。通路を行き過ぎる店員を呼び止め、それらと手羽先、枝豆を追加した。
「それが最近は、嗚呼、最近って言っても僕も受付から離れていることが多かったので正確に把握はしていませんが、かわいい雰囲気の子が同一人物からナツくんのことを聞かれたみたいなんです」
「出禁は?」ジュンが当然だろう、とばかりに聞く。
「しましたよ。あと、聞かれた子は勿論誰も個人情報は喋っていません。悪化はしていませんが、そこまでいくと恐怖ですよ」
「そんなことがあってたの気付かなかった」
「葵さんが撮影の打合わせとかで休み取っていた間のことですから」
「じゃあ、それから一週間は経って解決していないってことか?」
「していません」
注文していたものが届いて、またテーブルが埋まる。そして店員が立ち去る前に涼がハイボールウイスキー、ジュンが芋焼酎、葵は赤ワインを追加注文する。それらはすぐに届いた。
「個人のブログ、あるじゃないですか」
「ああ」
「そこにナツくんと一緒に写真撮って載せている子が外で接触されているんですよ」
「接触って?」
「道でばったりを装って声をかけるものです。相変わらずナツくんの交友関係を聞く内容が多いみたいで」
「推量ばっかりだけど、涼は見たことないのか?」しばらく聞き役だったジュンが問う。
「監視カメラの映像からは見てますよ。まだ若い男性です」後で二人にも画像送りますよ。と言い、かなり面白くなさそうに涼がベーコン巻きのアスパラをもぎゅもぎゅと口にする。なんだか食欲がストレス解消に繋がっているようだ。
なるほど、そこまで動きがあるのなら出勤の有無に関わらず店舗内の問題になる。
「今日ナツくんは?」放っている場合ではないだろうと問う。
「今日は外泊の予約です。自覚しているとは思いますが、店舗内で一番顔が割れているのは葵さんなんですよ。先月くらいにナツくんとのツーショット写真をブログに載せていたでしょう。ナツくんの方でも葵さんとの写真を頻繁に上げているし」どん、と鈍い音を立て、涼がテーブルにジョッキを置く。捲し立てているが、心配してくれているようだ。
そうだなぁ、とジュンがのんびりと相槌を打った。
既に話が大きくなり過ぎている。これならば仮に上の立場にあるマネージャーに言ったとしても、ナツが謹慎か解雇になる可能性がかなり高い。
しかし出勤を続けている以上、ナツ自身も辞める気はないはずだ。だからこそ、そんな彼の意を汲んで涼は水面下で動いているのだ。
これはもはや、なんとも言えない状況だ。問題の人物に接触されたというそのキャストの子たちにも、おそらく涼がスタッフへ言わないように口止めをしているに違いない。
葵は手に持つグラスを傾け、口に含んだ。
「気をつけるよ」
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