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第35話

   ナツが専門学生時代に出会ったカレとは最初、気の合う友人だったそうだ。その頃既にナツは同性を恋愛対象として見ていたらしい。  そのうちに芽生えた互いへの恋愛感情で付き合い始めた。だがカレは自分の物だけにしたいという執着心が異常に強く、ナツが他の男性と話しているだけで苛立ちをぶつけるようになっていた。  危機感と心機一転を兼ねて、専門学校から大学へと編入試験を受けて通い始めたのが一年前。関係を断ち切ったことで安心して今のバイトを始め、しばらく経った今になりネット上の顔写真で見付けられてしまったらしい。  最初の指名時に「付き合っている人がいるからカレの元には戻らない」と、はっきり伝えていた。しかし、カレの執着はその相手を探る動きに変わってしまう。  ナツがこれ以上の被害を食い止めようと直談判に行ったのが昨日の話で、話にもならず頬をぶたれた結果がこれだった。  一連の流れを涼が淡々と説明した。  グラスの麦茶はそれぞれ半分に減っており、溶けかけた氷がカランと涼やかな音を奏でる。  何も聞かされていなかった涼はそれでもナツを守ろうとした。そしてナツもまた、やっと手に入れた最愛の相手を手放したくなくて過去を打ち明けることを避けていたのだ。    4 「え、それ何ですかー?」 「お前こそ何なんだよ。どんな趣味だ」  元々撮影の後には数日間の休みを取っていた。普通に出勤予定の入っていたナツは二週間の謹慎が出され、その分の予約が新人に流れている。また、涼は拍車がかかったように仕事を詰め込まれる処罰が守代から出されていた。  店舗で顔を合わせた守代が葵に対してとくに何かを言わないのはいつものことだ。  ジャンボサイズの絆創膏を貼りつけたままでも仕事に支障はないが、いかんせん傷口が目立つ。なので、勤務時間だけは医療用の包帯を巻いて止めている。  休み明けに詰め込まれていた予約もいつも通りにこなしていき、次の週に入ったところだった。未だに傷は塞がっていないが、少しずつ回復しているのか、無性にむず痒さが出て来た。そんな折に予約が入っていたのは、撮影時に前置きを残していた加藤だった。  新規でコスプレの指定、部屋は診察室。  そこにはデスクと椅子、診察ベッドと雰囲気を出すための心電図モニターなどが置いてある。その室内の中で加藤が来るのを待っていた葵は、顔を見せた加藤の第一声に、いつも彼に対するようにツッコミを入れた。  それを特段気にする素振りがないのもいつも通りだ。  机にほんのわずか体重を乗せるように腰かける葵は眉を寄せている。身に纏うピンク色のナース服は太もも丈までしかないので頼りない。その裾を必死に前に引っ張ってはいるものの、抜群のプロポーションを誇る白い脚を際立たせていた。決して男性らしくはない、どこを取っても中性的な体付きだ。  その姿を見た最初の一言は、腕に巻く包帯に向けられたもののようだ。つかつかと入室した彼が葵の手を取り、珍しいものを見るように腕を眺めていた。 「怪我ですかー?」 「火傷。料理中に油が跳ねたんだよ」 「マジすか。撮影後で良かったですねー」  本当に撮影後で良かった。それだけが唯一の僥倖だった。  取られた手はしっかりと握られ、もう片方の手が無防備な太ももに触れている。そのまま腰まで衣服が捲られた。加藤は実に楽しそうに目を細めている。 「これってサービス?」 「ばぁか、こんな丈の短い服で下着穿いてたら萎えるだろ」 「それはサービス精神って言うんですよー」  軽口を繰り返す彼の手を引きシャワールームへと向かう。図らずも先日、彼の成し得なかった“一緒にシャワー”を自分の手で実現させてやることになった。  極力腕を濡らさないように気をつけている葵の珍しいたどたどしさが、逆に加虐心を煽らせる結果となって。  再度身につけたナース服は腰まで捲られる以外は脱がせられることなく、途中鳴り響いた端末へ手を伸ばす余裕すら得られなかった。それに気付いた加藤が通話ボタンを押して葵の方へ近付ける。初めて来店したと言うわりにシステムを理解しているところを見ると、同じような業界の人間だなと改めて思い知らされた。  背後から突き上げる加藤が告げる追加時間を通話先の受付へ伝え、通話を切る。それと同時にガツガツと緩急をつけて結腸まで抉る動きに変わり、そのあまりの気持ち良さにただひたすら啼いた。 

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