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第一話 齋明 匠 /2

「じゃあな」  謙遜の言葉もなくきびすを返すと、左手首を掴まれた。 「待って。上がってちょっとお茶でも飲んでいかない?」  ショートカットの前髪から、ねだるような目が覗いていた。例によって、断らない。彼女の家へと上がり、帰る頃には夜が明けていた。  アパートに着くとベッドに倒れ込んだ。ほとんど眠っていない。疲労でめまいが治まらない。いくらか落ち着いてからキッチンへと這っていき、食器棚の引き出しから薬を取り出す。溜め息を吐きながら四種類を飲み終えると、そのままキッチンの床に崩れ落ちた。  疲れた。  学校も、  飲み会も、  セックスも、  生きていることも。  このまま死んでしまいたいのに、体は起き上がり、登校の準備を始める。  どうしてかは、わからない。  教室で、昨日の女はいつもと変わらぬ笑顔で友人達と談笑していた。匠を目にして駆け寄ってくる。 「齋明君、今日帰りに二人でカラオケ行かない?」  頭が痛い。めまいが酷い。それでも。 「いーけど。俺、二時間くらい歌いまくりたい」 「やったぁ! じゃ、帰りねっ」  女は人の輪に戻っていく。匠はいつものモニタの前に座り、左の手のひらでこめかみを押さえてデスクに肘を突く。  体が悲鳴を上げても、流されるほうが楽だった。彼女が望むなら、この体は動き続ける。

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