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第七話 狼狽 /2

 野木崎の話の内容から察すると、兄はパソコンで手に負えない箇所があって匠に連絡を取り、出たのがちょうどIT企業の人間だったためそのまま用を足したのだろう。 「仕事終わったら齋明も店来いよ」  野木崎がとんでもないことを言い出して、匠は比喩ではなく開いた口が塞がらなかった。しかし間もなく野木崎は、 「つまんねーの」  と言って、通話を切った。  スマートフォンを匠の手に戻すと、野木崎は吸いかけの電子煙草を一口ふかして、いつもの不穏な笑みを見せた。 「基が絡むと、匠すげーそそる顔するんだけど」  感情をわずかに顔に出すだけで一々(いちいち)反応する野木崎は、若干鬱陶しい。彼は吸い終わったスティックを捨てると、匠の左頬に手を添えて親指でそっと撫でた。 「ちょっとムカつく」  (つぶや)く野木崎の手を払いのけると、匠は沈んだ顔つきで、左手首の腕時計をわずかにずらした。酔っていなければ決してこんなことはしない。 「中二の時にここ切ったんだけど、その時父親も母親も家にいなくて、兄貴が全部、やってくれたんだ」  止血の処置をして、救急病院へ連れて行き、血で汚れた部屋と服を片付けて、後日外科と精神科の通院にも付き添った。 「俺、すごい動揺してたし、服も結構血だらけだった。兄貴はあれ見て衝撃受けて、俺に執着してるんだと思う」

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