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第八話 非日常 /2

 気持ちに(こた)えられない人間にここまでさせるのは心苦しかった。兄とは縁が切れないが、彼女とは切ろうとすれば切れる。今までは感情のやり取りになることが面倒でやらなかったこと。今は、話したほうが楽になる。  情事の物音をかき消すためにつけていたテレビを眺める彼女に、兄が忘れていった煙草に火をつけながら、匠はどうにか絞り出す。 「俺といても、なにもないよ」  好意がないことはすでに言ってある。振り向くまで待つと彼女は返したが、匠がそうなる確率はほとんどないように思う。 「俺のどこがいいの?」 「優しいトコって言ったでしょ。男だからって偉ぶらないし、変に気取ったり調子に乗ったりしないし」  それは、優しさから来るものではない。自分に中身がないから、何もしていないだけ。  兄の煙草は普段吸っているものより軽すぎて、さほど吸わずにもみ消した。 「藤花(とうか)にこんなに良くしてもらう価値ないよ、俺。もう俺に構わないほうがいいと思う」  初めて名前で呼んだ気がする。それほど、彼女自身に興味がない。だが世話になった彼女のために、自分から遠ざけたいという気持ちはある。  藤花は掛布団越しに膝を抱えて、やや考え込んでから、口を開く。 「齋明くん、スレンダーだしカッコいいし、実はねぇ、友だちみんな、あたしのこと(うらや)ましがってるんだよ」

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