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第九話 自覚 /6

 言われた通りにコンビニへ行き、煙草とライター、コーヒーを買って、待合室に戻る。  一服してから、兄の病室に向かった。  左手首のデジタル時計は七時を少し回っていた。  横開きの扉を引く。兄は起きていた。  包帯を巻いた右手を使って、朝食をとっていた。  匠を見て、いつものように包容力のある笑みを見せる。 「おはよう。びっくりしただろ、ごめんな」  酷い怪我をして、苦痛に耐えているのだろうと思っていた。不幸なことに巻き込まれて、憔悴してはいないかと心配していた。  そんな姿に微塵も見えなかったことに、心の底から安堵した。 「俺は、兄貴が元気なのがいい。兄貴がいてくれれば、それでいい」  本当にそれだけだ。兄を失う恐怖が消えて、兄が普通に存在していることが嬉しい。感情が込み上げた。言葉と共に、涙が(あふ)れた。  兄は箸を置いて、匠を見据(みす)える。 「それ、ずっと俺が匠に思ってたことだぞ」 「そうか、今までわからなくて、ごめん」  涙は、止まらなかった。 「俺も匠に一つ、謝ろうと思ったことあるよ」  兄は、視線を自らの右手に移す。 「身体は動くと痛いけど、手の怪我は、血は出たけど全然痛くないんだよ。匠のこと、ちょっと心配しすぎたなって、思った」 「そうか。言っただろ、大丈夫だって」 「そうだな、ごめん」  匠は腕時計を外して、傷を見る。 「これやった時、兄貴、今の俺と同じ二十歳(はたち)だったよな。俺だったら絶対あそこまで、できない」  入り口に立ち尽くす匠に、兄がタオルを差し出す。近づいて受け取り、涙を(ぬぐ)う。 「あの時は、ありがとう」  兄は怪我をしていない方の手で、子供の頃にしたように、匠の髪を撫でつけた。 「どういたしまして」  死ぬまで()けないだろうと(あきら)めていた呪いが、幸運にも解けていた。

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