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第十話 転機 /3

 ベッドに掲げられた名前が目に入り、匠は先ほど面会できないのではないかと焦ったことを思い出す。野木崎は少しだけ、苛立ったような表情を浮かべた。 「あのさぁ匠、俺のとこ嫌いかも知んないけど、そろそろ名前で呼んでもいいんじゃね?」  その時、初めて野木崎に心の内を配慮されたように感じた。  野木崎は表情から他人の心をくみ取ったとしても、配慮するようなことはしない。兄の怪我の件ですら、匠の短い言葉から思ったことを口走ったが、心配などしなかった。 『嫌いかも知れない』と、珍しく、気を遣っている。 「俺、別に賢一のこと嫌いじゃないけど」  若干(じゃっかん)不本意だが、そうだった。嫌いではない。 「呼び捨てかよ。そして嫌いじゃないとか、どんだけドMなんだよ」  賢一は乾いた笑いで吐き捨てるように言う。まだ誤解が解けていない。匠は言葉を続ける。 「賢一には気を(つか)わなくていいし、気を遣ってもこないし、(つる)んでて楽だと思ってた」  身体を求められて身体を提供するだけの関係で、情をかけられたり求められたりしないから気を遣わない、という言葉は、人目があるので伝えなかった。賢一は一瞬だけ無表情で動きを止めたが、 「あっそ」  と呟くと、ベッドを降りて革靴を履き始めた。 「正月三日まで外泊だから、付き合えよ」

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