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第十話 転機 /4

 年末年始はスタッフが少ないので、退院や外泊をする患者が多いらしい。賢一が私服になっていたのはそのためで、電子煙草も返却されていた。  友人が待っているからと賢一の申し出を断ったのだが、誘惑した責任を取れと騒ぐので同行を許した。藤花は実家に帰るので構わないだろうと判断した。  コンビニで食料を買い込んで、十一時前にはアパートに到着した。  チャイムを鳴らす。ややあって中から鍵を開けた藤花に、賢一は驚いたようだった。 「彼女とか、いたのかよ。ちょっと想像つかなかった」  友人が女だと言うのを忘れていた。匠の兄の友人だと自己紹介する賢一に、藤花は控えめに微笑む。 「彼女じゃなくて、ただの同級生ですよ」  そして匠へ鍵を渡すと、自分の靴に手を伸ばした。既にバッグを手にしている。匠は手短に留守を任せる形になってしまったことを()び、兄の容態を報告する。  次の言葉が浮かばない。藤花の提案に、まだ答えを出していない。内心焦りが出たところで、賢一が口を開いた。 「彼女じゃないなら、今度俺と遊ばない?」  こんな時にまた非常識が始まったと、匠は軽く呆れる。藤花は、不穏な笑みを見せる賢一を振り向いた。 「今からでも大丈夫ですけど?」  言って、社交辞令なのか本当に嬉しいのかわからない表情を浮かべている。匠は咄嗟に、 「いや、それは、やめたほうがいいから」  と、忠告していた。 「なんだよ、ナンパの邪魔すんなよ」  腕を組んでつまらなさそうに賢一が毒づく。本気なのか、こちらも社交辞令でナンパをしたのかわからない。 「賢一は性格悪いから、ちょっとおススメできない」  藤花がこの賢一に傷つけられる可能性は見逃せない。 「それに賢一、病人だろ。休まないと」  本人が大丈夫だと言うので電車を乗り継いでここまで歩いたが、朝に病衣を着ていた人間にここまでさせるのは、ずっと気が気でなかった。  賢一と藤花は、それぞれわずかに不機嫌な面持(おもも)ちで、洋室へと、ドアの外へと踏み出す。匠は藤花を見送ると、賢一を追った。

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