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第十二話 厚謝 /2

 堅物の基がそう匠をたしなめる。兄の前では『野木崎さん』と呼ぶように気をつけていたのだが、焦りのあまり普段の呼び方をしてしまった。関係性を隠すつもりが、自分から下の名を呼び捨てるほどの付き合いがあると暴露してしまっていた。兄が二人の仲をどの程度と判断したかわからないが、匠はこれ以上墓穴を掘らないよう黙るしかなかった。  恐らく匠の表情の変化を楽しんでいるであろう賢一は、点滴の針を刺した左腕をさすりながら語った。 「そんなに心配することじゃねーよ。一個一個は休んで薬飲んどけば良くなるレベルのモンなんだよ」 「一個一個?」  基が尋ねる。一つの病で入院しているわけではないのだろうか。 「肝臓と胃と腸と、肺と、あとは忘れた」  匠は毎度のことながら賢一に呆れる。それだけ身体に異常をきたしておきながら、大丈夫だなどと言っていたのだ。 「入院しないと治さないで働きそうな勢いだったから、入院させてもらったんだよ」  賢一はそこで、少し安堵の表情を見せた。 「でも、それでやっと退職願が通った」 『気合い入れて抜け出さないと、死ぬのを待つだけ』と言っていた仕事を、賢一は抜け出す決心をした。それはとても重大なことではないだろうか。 「仕事好きでやってたはずなんだけど、社畜のつもりじゃねーけどのめり込み過ぎた。正月前に身動き取れなくなって、さすがにこれはマズイと思って、本気で辞めることにした」  晴れ晴れとした口調だった。賢一は、抜け出せないものの一つから解放されたのだ。 「ついでに、おとといから煙草も辞めた」 「え?」  つい先日、やめようとは思わないと慎重に語っていた煙草もやめた。 こちらもまた、とても重大なことだ。

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