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第十三話 容赦 /1

 高層ビルの十三階、匠は重い気分でエレベーターを降りた。専門学校、藤花の顔を見たくない。  教室の様子を窓越しに覗く。藤花が孤立しているように見える。いつも必ず人の輪に入っていたのに、一人モニタの前でネットを眺めているようだった。  藤花は自らの行いのツケを払っているのだ、自分はもう関係ないと、同情してしまいそうな気持ちを(いまし)めて教室のドアを開ける。  一瞬、教室の人間が全て、自分を見たように感じた。藤花に関する件を全ての人間が知り得ているのだろうか。溜息を吐いて、匠は無言で自分のデスクについた。  付き合いの深い人間は藤花以外にはいない。どこまで噂が流れていたとしても、匠には別段痛いものではなかった。  昼食休憩時間、ホットコーヒーを飲みながら下界を見下ろす。昨日の夜から大粒の雪が降りしきっている。帰りの電車が運休になるかも知れない。バスでいつもの何倍もの時間をかけて帰らねばならないのだろうか、と更に気を重くしていると、隣の席に人の気配を感じた。  同じ講座の千坂という男だった。飲み会は大抵この男が幹事をしている。教室で一番目立つ人間だ。千坂は周囲を見渡してから、腕を組み背中を丸めて、匠の顔を覗き込んだ。 「朝に藤花が琴音に、人の男を取るなって喧嘩始めたんだよ。最初は齋明(さいみょう)のことかと思ったけど、別の男なんだな」  匠は肯定する。噂などではなく人目のある場所で堂々と喧嘩をしていたようで、とても理解できない。千坂は視線を少しずらして言葉を続けた。 「琴音があんたには齋明がいるだろって言ったら、藤花は齋明は彼氏じゃないと。で、琴音がじゃあ齋明は自分が狙っていいのかって言い返したら、多分藤花は(しゃく)(さわ)ったんだろうなぁ。齋明は恋愛対象が男だから無理だ、って言っちゃったんだ」 「そういうわけでは、ないんだけど」  素直に自分がそうだとは思っていない。それよりも、こんな面倒な立場に自分を追いやった藤花の無神経さに、ただただ気分が悪かった。千坂は再度、匠の顔を覗き込む。

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