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第十三話 容赦 /2

「何もしてないのに、このままだともらい事故で齋明も孤立するだろ。恋愛対象男じゃないなら、俺、齋明に聞いてきた(てい)で、人いるときに藤花に話してきていい?」  自分は何もしていないだろうか。  最終的に藤花に自分に対する情がなかったとしても、藤花は自分を必要とし、自分はそれを利用して、自分が必要な人間であると認識しながら生きてきた。気がないのなら、初めから藤花の誘いに乗らなければ良かったのではないか。そうすれば藤花に無駄な時間を過ごさせず、この状況も起こり得なかったのではないか。  これは全て、自分の責任ではないか。自分が流されるだけの人間だったために招いた事態。  藤花が無神経であることに苛立って、自分の責任を見逃していた。自分もそのツケを払わなければならない。  匠は答えを待つ千坂の目を一瞬見てから、口を開く。 「このままでいいよ、全部俺のせいだし。彼氏じゃないのも俺が男と付き合ってるのも、嘘じゃないから」  自分が好奇の眼差(まなざ)しに晒されても、本当に構わない。この発言で藤花が自分と過ごした時間が全く無意味になるなら、藤花が張って恨まれた見栄も、無意味にはならないだろうか。 「琴音が藤花の男を取った形になるけど、藤花も相当無神経だし、プラマイゼロにならないかな? 藤花が孤立しないで済めばいいんだけど」  聞いていた千坂は、更に顔を覗き込むように詰め寄った。 「いや、藤花にはペナルティあったほうがいいだろ。デリケートなこと、本人いないとこでみんなに聞こえるように言ったんだぞ?」 「別にいいよ。結局藤花には、そばにいてもらって助かってたから。俺のために、いろいろありがとう」  目の前の男は、親しいわけでもないのに匠の名誉をどうにか守ろうとしている。会話する距離が大分(だいぶ)近い気がするので、他人との距離の取り方が変わった人間なのだと思った。 「齋明さ、何考えてるかわかんなかったけど、意外と優しい喋り方するんだな」  猫背を伸ばし、軽い笑顔で千坂はそう返す。そのようなことを言われたのは初めてだった。学校の人間と会話すること自体が滅多にないことなのだ。  千坂は、琴音に男を取ったことを謝らせる方向でいく、と言って去っていった。どのような話がなされたのか匠にはわからなかったが、その後、匠が不快に感じるような何かは起こらなかった。  千坂が時折匠に(から)むことで、匠は教室で別段遠慮などされずに過ごすことができた。後二ヶ月ほどでここに来ることはなくなるというのに、この段階に来て初めて、匠は学校に居心地の良さを感じた。

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