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最終話 壮途 /2

「それはない。一カ月我慢させといてそのカッコとか、超ご褒美なんだけど」 「面接帰りなんだから仕方ないだろ。絶対しないからな、この間みたいに悪化されたら困るから 」  あまりに匠が抵抗するので、賢一は不機嫌な表情で匠を睨むと、ベッド横の引き戸を開けて一人隣の部屋へと出て行った。  ネクタイを外し上着を脱いで、匠は賢一を追って隣室へ入る。賢一は暖房が効いた部屋のソファにかけて、ペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。匠にも一本手渡して、不機嫌な顔のまま口を開く。 「匠、女にキープされるレベルの顔してんの、自分で気づいてないだろ」  確かに、自分の外見に関しては無頓着だ。髪をベージュにした理由もよく覚えていない。匠は賢一が自分の容姿を褒める際、反応を楽しむために冗談を言っているか、賢一の変わった性癖に偶然に(はま)ったのだとしか思っていない。 「その調子で、俺のトコ誘惑してんのも気づいてねーし」  その話は、したくない。全く身に覚えがない。今のままの関係で良かった。  匠は無言で賢一の向かいのソファに身体を沈め、ミネラルウォーターを口にする。賢一はペットボトルをテーブルに乗せると、ソファに仰向けになり気怠《けだる》げに匠を眺めた。 「飲み屋で初めて会った時、(もとい)を見つけて声かけたんじゃねーぞ。匠に目をつけて、男じゃナンパできねーなと思ったら、運良く横に基がいたんだ」  そうだったのか、何が言いたいんだと、匠は黙って賢一の表情を(うかが)った。 「最初誰でもいいって言ったのは、さすがに嘘だな。匠の薄情そうな顔、本気で俺の趣味」  薄情とは、情が薄いということだ。自分の中で一番嫌いな部分を、賢一が好きだと言っているように聞こえる。本当に、変わった性癖だ。賢一はその薄情な顔を見続けながら、思い出すように言葉を続ける。 「おまえ、どーせ長続きしないから好き勝手したのに、最後まで逃げねーし」  逃げるなと言われたから、逃げなかっただけだ。 「いつボロクソ言われるか、いつぶん殴られるかってずっと構えてたのに、なにも起きねーし」  それは、 思考回路がおかしくなって、不快に思うことができなかったから。 「超絶無防備な泣き顔とか見せてくるし」  泣いてはいなかったが、時間を置いて落ち着いてから、行けば良かった。 「だいぶ最悪なコトしたから、さすがにもう終わりだなって諦めたら、好きなようにすればいいとか言うし」  諦めたから、自分の悪癖を白状して別れてしまうつもりだったのだろうか。でも、そのような流れにはならなかった。

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