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最終話 壮途 /4
「俺は顔だけじゃなくて、本当に薄情なんだよ? 賢一に惚れられても、愛情とか返したくても返すなんてできないよ? だから、賢一になんとも思われていない状態が、バランス取れてて居心地よかったのに。性格悪いのにどうして俺に惚れるんだよ!」
八つ当たりだ。思い通りにいかないから、賢一に罪を被せて声を荒げている。賢一の責任にしてしまうのは心苦しいのに、気遣う余裕がなくなっている。それほど、今の状況が耐えられなかった。
匠が感情的になると、賢一はいつものように満足気な笑みを見せた。こんな時にまでからかわれて、苛ついて、睨むことしかできない匠に、肘掛にもたれた賢一は、珍しく穏やかな口調で言った。
「あのさぁ匠。俺は匠に、もう充分愛されてるぞ」
すぐには、その意味が理解できなかった。
「匠が惚れてないって言うなら、まぁそうなのかもな。でも、俺を最低だって言いながら否定しないし、それなりにやってるトコも評価してくれてる。匠が返すものなんてないな。返されたほうがバランス悪い」
やっていることが愛することに該当するのか疑問だった。だが、賢一は感謝をしているのだと、口調から感じ取れた。
「バランス取れてるなら、居心地もいいんだろ。居心地いいって、どういうことだよ」
最後、わずかに挑発されたように感じる。何を答えても、きっと冷やかされるのだろう。なぜ居心地がいいなどと言ってしまったのか、考えて、口を開く。
「賢一と連 むと、気を遣 わなくていいから」
他の誰よりも、共に過ごして自分の非を感じなかった。感じる暇がなかった。
「性格もなんか、嫌いじゃなくて、面白くて、だから、居心地が良かった」
面白いなどという単純な言葉では言い表せない。
強くて、危うくて、惹 かれる。
「賢一に惚れられたら、気持ちを返さないとって気を遣って、居心地悪くなるのが、すごく嫌だった」
不誠実をなされるよりも、均衡が崩れること恐れていた。
「返すモンはないって、言ってんだろ」
呟く賢一の表情を窺 う。口汚いのに、誠実で自信に満ちた顔立ち。
時折粗野で小賢 しく見えるその男に、自分は、惹かれている。
「そうなんだ、よかった」
想いの均衡が、崩れていない。このままがよいという願いが成就している。
理解できない自分のねじ曲がった思惑が、気付くと最善の方向に紛 れ込んでいたことで、緊張が緩 んだ。
「えっ、なんだよ?」
賢一の驚く声で、匠は自分が涙を流していることに気が付いた。以前にもこのようなことがあった。見えなかった自分の心の奥底に触れると、どうして涙が出るのだろう。
賢一が立ち上がり、困惑した表情で匠に詰め寄る。
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