52 / 54

最終話 壮途 /4

「俺は顔だけじゃなくて、本当に薄情なんだよ? 賢一に惚れられても、愛情とか返したくても返すなんてできないよ? だから、賢一になんとも思われていない状態が、バランス取れてて居心地よかったのに。性格悪いのにどうして俺に惚れるんだよ!」  八つ当たりだ。思い通りにいかないから、賢一に罪を被せて声を荒げている。賢一の責任にしてしまうのは心苦しいのに、気遣う余裕がなくなっている。それほど、今の状況が耐えられなかった。  匠が感情的になると、賢一はいつものように満足気な笑みを見せた。こんな時にまでからかわれて、苛ついて、睨むことしかできない匠に、肘掛にもたれた賢一は、珍しく穏やかな口調で言った。 「あのさぁ匠。俺は匠に、もう充分愛されてるぞ」  すぐには、その意味が理解できなかった。 「匠が惚れてないって言うなら、まぁそうなのかもな。でも、俺を最低だって言いながら否定しないし、それなりにやってるトコも評価してくれてる。匠が返すものなんてないな。返されたほうがバランス悪い」  やっていることが愛することに該当するのか疑問だった。だが、賢一は感謝をしているのだと、口調から感じ取れた。 「バランス取れてるなら、居心地もいいんだろ。居心地いいって、どういうことだよ」  最後、わずかに挑発されたように感じる。何を答えても、きっと冷やかされるのだろう。なぜ居心地がいいなどと言ってしまったのか、考えて、口を開く。 「賢一と(つる)むと、気を(つか)わなくていいから」  他の誰よりも、共に過ごして自分の非を感じなかった。感じる暇がなかった。 「性格もなんか、嫌いじゃなくて、面白くて、だから、居心地が良かった」  面白いなどという単純な言葉では言い表せない。  強くて、危うくて、()かれる。 「賢一に惚れられたら、気持ちを返さないとって気を遣って、居心地悪くなるのが、すごく嫌だった」  不誠実をなされるよりも、均衡が崩れること恐れていた。 「返すモンはないって、言ってんだろ」  呟く賢一の表情を(うかが)う。口汚いのに、誠実で自信に満ちた顔立ち。  時折粗野で小賢(こざか)しく見えるその男に、自分は、惹かれている。 「そうなんだ、よかった」  想いの均衡が、崩れていない。このままがよいという願いが成就している。  理解できない自分のねじ曲がった思惑が、気付くと最善の方向に(まぎ)れ込んでいたことで、緊張が(ゆる)んだ。 「えっ、なんだよ?」  賢一の驚く声で、匠は自分が涙を流していることに気が付いた。以前にもこのようなことがあった。見えなかった自分の心の奥底に触れると、どうして涙が出るのだろう。  賢一が立ち上がり、困惑した表情で匠に詰め寄る。

ともだちにシェアしよう!