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最終話 壮途 /5

「ちょっと待て、これ前にも見たぞ。俺って、基と同じレベルなんじゃねーか?」  不足していると思っていた愛する気持ちを、自分の中に確認した。それで涙が止まらないのは同じだが、何か違う気がする。  賢一は匠の隣に掛けて、思考を辿(たど)るように目を泳がせる。一つ息を吐き、匠の瞳を覗き込むと、その(あご)に手を添えて、(ゆる)やかに唇を重ねた。  静かに唇が離れると、再び匠を見つめる。見たことのない種類の、柔らかい笑みだった。 「ん、脈がありそうで安心した」  賢一からの口付けは今まで一度もなかった。匠は自分がどんな表情をしたかわからなかったが、口付けによって胸の奥が痛むことを初めて知った。  そのざわめきをやり過ごそうと、スーツからハンカチを取り出し、涙を(ぬぐ)う。気付いた時には、賢一はいつもの意地の悪い笑みに戻っていた。 「今日は何もできないんだろ? 早く泣きやまねーと無理矢理犯すぞ」  一度決めたから、その日は何もしなかった。  匠は、賢一が律儀に自分の言葉に従ったことを、どこか(いと)おしく、わずかにもの寂しく感じた。

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