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第21話 情交

 お前はやっぱり危ないやつだ。そう言って朔之介は口元を歪ませました。 「誰と喧嘩したんだ?」 「仕事先のやつ。お前がチンポ噛みちぎったっていうさ、そいつがたまたま同じとこで働いてたもんで、ついカッとなって」  稀一郎は草鞋を脱ぎ、部屋へ上がります。 「はは、チンポは無事だったか?」 「チンポのことは知らねぇが、二週間休んでたぜ」  稀一郎が茶化すように言うと、朔之介はたまらず噴き出し、くつくつと小刻みに笑いました。 「いい気味だ。ざまあねえな」 「本当に、ざまあみろだぜ。あいつの仲間も見つけて殺してやりたかったけど――」  稀一郎はいきなり朔之介を抱きすくめたかと思うと、敷きっぱなしの万年床へ押し倒します。驚いて、朔之介は目を瞬かせます。喧嘩の余韻か、稀一郎は興奮しきった表情で腕の中の朔之介を見下ろしていました。血と汗と泥の臭いが一面に立ち込めます。 「約束してたでしょ。だから急いで帰ってきた」  朔之介の喉が大きく上下します。どちらからともなく手を握り、きつく指を絡めました。 「大丈夫なのかよ。こういうの、本当は怖いんだろ」 「お前こそ、俺が怖くないか」  朔之介は何も言わず、代わりに舌を覗かせます。一分の隙もなく、稀一郎はかぶりつきました。野性的な、貪るような接吻でした。  稀一郎の強気な舌が歯の間からねじ込まれると、朔之介は小さく鼻を鳴らしながら必死に舌を絡めます。その控えめな声に稀一郎はますます興奮し、奥まで舌を伸ばします。稀一郎が唇を離そうとすると朔之介の舌が寂しげに追いかけてきます。そんなことをされてはどうにも離れ難く、飽きるほどに何度も口づけを交わしました。  やっと、稀一郎は顔を上げました。朔之介はだらしなく口を開いて舌を覗かせたまま、うっとりと空を見つめています。稀一郎が声をかけると目だけ動かして稀一郎を見、にこりと顔を綻ばせました。稀一郎はごくりと喉を鳴らして言います。 「お前、そんな風に笑えたんだな」  朔之介はきょとんとして、いいから早く続きをしろとねだりました。稀一郎の首に腕を回して急かします。 「いや……じゃあ、えっとね」  稀一郎は数度どもりながら、緊張の面持ちで言葉を続けます。 「あ、あなたの家に柿の木はありますか」  朔之介は意味がわからないという顔をしました。 「はぁ?うちには柿の木どころか庭すらねぇぞ。見りゃわかんだろ。節穴か?」 「あー、もう!やっぱり知らねぇのかよ。順番間違えたけど、これは必要な儀式なの!俺の質問に全部はいで答えろよ、いいな?もっかいいくぜ」  稀一郎は咳払いをした後、同じことを繰り返します。朔之介は訝りながらも言われた通りに答えました。 「柿はよくなりますか」 「……なります」 「食べてもいいですか」 「……どうぞ、食べてください?」  稀一郎はにんまりと満足そうに笑い、再度口づけました。深く潜らない接吻です。唇を柔く食み、ちゅっちゅっと軽い音を立てます。しばらくそうした後、稀一郎はもじもじと頭を掻きました。 「えっとぉ、この後ってどうするの。俺、初めてでさ。やり方知らねぇんだ」  朔之介は少し間を置いてから、女とする時と同じだと言いました。稀一郎は大いに惑います。男とはもちろん、女とも経験がないのでした。しかし、全くやり方を知らないわけでもありません。過去に男友達とそんな話をした記憶があるし、絵で見たこともありました。最初は確か胸を触るのではなかったろうか、と思い至ります。  とりあえず、稀一郎は朔之介の衿元に手を掛けます。中に着ている襦袢ごと、着物をはだけさせました。細い肩、薄い胸、白い腹が露わになります。稀一郎は恐る恐る、胸に触れてみました。最初は指先から入り、掌で揉むようにします。当然ですが、硬い男の胸でした。 「っ、くく……ふふ」  朔之介の、堪えきれなかったらしい笑い声が漏れました。稀一郎はむっとして頬を赤らめます。 「なんで笑うんだよぉ」 「だって、くすぐったいだけだぞ。お前の触り方」  そしてまた笑います。 「だから初めてって言ったじゃん。どうしたらいいのか教えてよ」  朔之介は困ったように稀一郎の手を取ります。胸の先端、ぷくりと尖った桃色の飾りを掠めると、朔之介は息を詰めました。 「ここがいいの?」  稀一郎が問うと、朔之介は口を真一文字に結んだままうなずきます。稀一郎は素直に、その尖りを弄ってやりました。親指で周囲をくるくるなぞり、固く突き出てきたら人差し指も使って挟み、こねくり回します。 「っ、ん……う……」  朔之介は胸を反らして感じているのに、声は頑なに噛み殺します。両腕で顔を隠し、稀一郎を見ようともしません。 「気持ちいい?」 「あっ……はぁ」  悩ましげに息をつくと、またすぐ口を結びます。それが、稀一郎には少々気に食わなかったのでした。いきなり胸の突起を口に含み、舌で撫で擦ってやります。朔之介の腰が大きく跳ね上がりますが、稀一郎はその体を押さえ付けて執拗に吸ったり噛んだりします。 「や……あっ」 「気持ちいか」 「ん、んっ……」  鼻から抜ける声が一段階高くなります。稀一郎はいい気になって、夢中で舐めしゃぶりました。 「や、やだ、待て、何か……あぁっ!」  焦りの入った訴えを無視すると、ほどなくして朔之介は軽く達しました。稀一郎の脇で力なく揺れていた太腿が縮こまり、びくりと震えます。断続的に、あっあ、と声を漏らします。稀一郎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で言いました。 「胸だけでもいけるのか」  女の子よりも敏感かもしれないな、という感想を言外に滲ませます。朔之介は悔しそうに、指の隙間から稀一郎を睨みました。しかし全く迫力がありません。もう一回しようか?と稀一郎が問うと、朔之介は吐息まじりに言います。 「もう、前戯はいいから、早く下触ってくれ」  自ら帯を解き、褌を緩めます。初めて見るわけではない朔之介の裸が、稀一郎の目にはやけに新鮮に映りました。病的なほど青白い肌に新旧様々の痕が不格好に散らばっているのが痛々しくてかわいそうで、不思議と耽美でありました。 「何見てる。お前も脱げ」 「ん、ああ」  朔之介から目を離せず、稀一郎は生返事をします。とりあえず着物を緩め、下穿きの半股引だけ脱ぎました。一方朔之介はほとんど裸で、襦袢だけが心もとなく腕に引っ掛かっています。その体を、もう一度まじまじと凝視しました。 「綺麗だ」  稀一郎が率直に述べると、朔之介は柚子を皮ごと丸かじりしたような渋い顔をします。 「お前の審美眼はおかしい」 「でも綺麗だよ」  稀一郎は体を被せ、朔之介のまぶたにしきりに唇を落としました。朔之介はむず痒そうに眉を寄せます。 「……お前の方が、綺麗な体してんだろ」 「んー、俺も結構怪我多いしなぁ」 「そうじゃなくて、筋肉とか……」 「ううん。朔之介は本当、かわいいよ」  耳元で、舐めるように囁きました。実際はかわいそうでかわいいのですが、そんなこと言ったら拗ねてしまいそうなので言いませんでした。朔之介はまた顔を隠し、そういうのいいから、と呟きます。目尻が薄く染まっていました。 「この先は?どうしたらいいの。教えてよ」 「……手で、擦って」 「どこを?」  言い淀んでいる隙に、稀一郎は下腹部のものへ手を伸ばします。射精したのかしていないのか不明ですが、朔之介のそれは十分に湿り気を帯びていました。色は淡い赤で、ほとんど使われていないらしいのでした。  指で輪を作って竿を握り、根元の方から丁寧に扱きます。皮を引っ張りながら動かし、全体に強く刺激を加えます。朔之介は、ひぃっと細い悲鳴を上げて股を閉じました。しかし稀一郎の手は止まりません。追い詰めるように速度を速めていきます。 「は、ああっ……まっ、待て、また……」 「いいよ、何回でもいきな」 「ひっ、ひとりで、二回も、なんて……」 「いいから。かわいい顔見せてよ」  黒い前髪を掻き分け、顔を覗き込みます。ちらりと見えた瞳が飴のように溶け、朔之介は二度目の限界を迎えました。今回は明らかに射精を伴う絶頂です。ぬるついた亀頭から甘酒のような液体がほとばしり、稀一郎の手と朔之介の腹を汚しました。朔之介は放心し、手足を投げ出します。 「上手にいけたな。次はどこ触るんだ」 「は、ん……こっち」  荒い呼吸の合間に朔之介は脚をM字に開き、稀一郎の手を取って臀部に触れさせました。尻の肉は柔らかく、しっとりと手に馴染みます。開脚しているせいで、陰茎のその先、会陰の奥まで全てが丸見えです。ランプの灯が揺れ、朔之介の体がてらてらと光ります。この世のものとは思えないほど淫靡で、稀一郎は目眩がしました。 「奥の方……わかるだろ?穴があるから、そこを……」  朔之介も緊張しているらしく、伏目がちに言いました。稀一郎は朔之介の膝裏を片側だけ掴んで持ち上げ、がばりと大きく股を開かせます。会陰の奥の窄まりがわずかに口を開け、稀一郎の眼前へ晒されます。朔之介の抗議の声も聞かず、稀一郎はそれを凝視しました。  稀一郎は女陰を見たことはありませんが、アワビに形容されるというのは知識として知っています。朔之介のそこは女のものとは違うけれど、見た目にはあまり遜色ないように思えました。縦方向に綺麗に割れて、唇はふっくらと膨らみ、淡く色付いてまさに食べ頃、熟れた果実のようです。息を吹きかけるとくすぐったそうにひくついて蜜を零しました。 「お前のここ、すごいな。男でもこんな風になるの?俺のケツとは全然違うよな」  稀一郎は喉を鳴らし、つぷりと指を挿し入れました。熱い媚肉が、待っていましたとばかりに吸い付きます。中でくるりと指を回すと、朔之介の膝が揺れました。 「うぁっ、ばか……急に動かすな」 「お前が触れって言ったんじゃん。気持ちいいの?」 「んん……もう、触らなくていい。早く入れ」  朔之介は耐えるように唇を噛みます。稀一郎は指を抜かず、ぐちゃぐちゃと乱暴に掻き回しました。朔之介は目を見開き、脚をばたつかせます。 「あっ、あ、やだって」 「でも気持ちいいよな?ぎゅんぎゅん締めてくるし、やらしい汁もいっぱい出てくるぜ」  力の入らない朔之介はされるがままです。やめろと言うのは口だけで、抵抗らしいことは何もしません。稀一郎に押さえ付けられた内腿を震わせ、苦しそうに喘ぎます。 「お前のいいところ、ちゃんと教えろよ」  朔之介は嫌々と首を振ります。 「っ、お前は、こんなこと……しなくてもいいんだ」 「なんでだよ。女の子とする時も指で広げて慣らしてあげなきゃだめだって聞いたぜ。お前は女の子と違うんだから、もっと丁寧にほぐしてやらなきゃなんねぇだろ」 「だ、だから……」  自分でやったからもうしなくていいのだと、朔之介はか細い声で言いました。その一言に、稀一郎の脳神経はぶつりと焼き切れます。 「ひ、ああ゛っ!?なん、なんで……」  指を三本、まとめて一気に突っ込みました。朔之介の声が裏返ります。 「お前、俺とするつもりで、念入りに準備してたのかよ。だから濡れてるのか?男のケツが勝手に濡れるわけねぇもんな。やっぱり俺のこと大好きなんじゃねぇか」  指を荒っぽく動かして、ぬかるんだ壁を引っ掻きます。腹側を中指で引っ掻いた時、朔之介は甲高い声で叫び、がくんと大きく腰を跳ね上げました。稀一郎がもう一度同じ箇所を擦ると、朔之介の体もまた同じように跳ねます。腹側にしこりのようなものがあり、そこに触れると強烈な快感に変わってしまってどうにもならないようでした。 「気持ちいとこ、ここか?ここがいいの?」 「っぐ、やだ、や……あ、あぁあっ!」 「やじゃないだろ。いいって言えよ」  指を抜こうとしても、肉襞が追いかけてきて離さず、奥へ引き戻されます。それでも強引に抜き差しすると、唇がめくれて粘膜が見えるのです。稀一郎は二本の指を使って蕾を押し広げました。鈍い紅色に染まった内部は、ふくふくと弾力があり、ぎらぎらと照っていました。開いたまま掻き混ぜると、透明な蜜があふれて朔之介の尻を伝います。 「ね、ここ気持ちいいんだよな。中がすごいうねって、俺の指食ってるぜ」  稀一郎は腹側の箇所をしつこく弄りながら言いました。朔之介は声帯が壊れてしまったかのように、ひっきりなしに嬌声を発します。もっと触ってくれとねだるように腰をくねらせます。白い腹が波を打ち、時折足が空を蹴ります。朔之介の手が伸びてきて、稀一郎の手を払いのけようとしました。もう離してくれと言いたげに、稀一郎の手首を掴もうとします。しかし嬌声は止みません。 「いきそう?」  刺激を強めると朔之介が暴れ始めるので、稀一郎はその体を押さえ付けます。掴んでいた膝を朔之介の胸の方まで持ち上げ、体を折り曲げさせます。開脚の角度がきつくなり、尻の肉が震えるのが見えました。乱れた口と揺れる陰茎、朔之介の蕩けた表情が、稀一郎の目の前に直線上に並びます。 「あっ、ぅあ゛っ、だめ、いっちゃ……やだ、また、いぃっ……」 「いいよ。ほら、いけよ」  ぐちゅりと一際響く音がしました。朔之介は咄嗟に顔を覆い隠し、三度目の極致に至ります。揺れていた陰茎から精を吐き、腰を激しく痙攣させ、喉は愉悦の声を鳴らします。その後も間を置いて何度か痙攣し、ゆっくりと弛緩して布団へ沈みました。    稀一郎はとうとう指を抜きます。ふやけた指とひくつく蕾とを、銀糸のような蜜が結びます。朔之介はだらしなく股を開いたまま、ぜぇぜぇと肩で息をしていました。朔之介の肘に引っ掛かった襦袢はまだ完全には脱げておらず布団の上でだぶつき、踏まれたり汗を吸ったりしてぐちゃぐちゃになっていました。稀一郎は暑くてたまらず、急いで着物を脱ぎ捨てます。 「おい、そろそろ入れていいか?入れるぞ」  接吻した時点で兆し始めていた稀一郎の一物は、いまや立派にそびえ立っています。はち切れんばかりに硬く勃起したそれはさながら凶器です。使っていないので色は綺麗ですが、浮き出た血管がぴくぴく言い、先走りの涎をたっぷり垂らしていました。亀頭を宛がうと、朔之介の菊門は薄く開き、接吻するように吸い付いてきます。稀一郎は誘われるままに突入しました。  意識が飛んでいた朔之介は挿入の衝撃によって目を覚まし、ぎゃあと品のない悲鳴を上げます。稀一郎はとりあえず入るところまで自身を押し込んでみたものの、朔之介の締め付けが尋常ではなく、すぐにでも限界が来てしまいそうでした。眉間に深く皺を刻み、歯を食いしばって、ぎりぎりのところで必死に耐えます。 「……っ、すっげぇ、どろどろで、気持ちいい」  じっとしているのが精一杯で、腰を引くこともできません。動かしたら達してしまいそうです。三擦り半ならぬ一往復で出してしまうなんて、そんな格好悪いところを見られたくはないのでした。呼吸を整え、震える腿を引き締めて、稀一郎は眼下の朔之介を見ました。  朔之介は、双眸から大粒の涙を零していました。左手は腹をさすり、右手を目元に被せながら、ぼろぼろと泣いていました。悲しい顔をするわけではなく、無表情のまま静かに涙を流しています。瞳にじわりと膜が張って水面が揺れ、映り込んだ景色も揺れて、まぶたが支え切れなくなるとあふれて落ちるのです。 「なっ!?ど、どうしたんだよ」  稀一郎がぎょっとして言います。昂りは多少落ち着きました。朔之介の目尻を親指で拭います。 「ごめん、やりすぎたか?痛かった?何か嫌だったか?」 「いや……」  瞬きをすると、続けざまに涙が零れます。長い睫毛の一本一本に雫が付き、きらきら輝いてとても綺麗です。 「一旦抜く?苦しいの?」 「……違う。抜くな」  朔之介は言葉を選ぶように溜め息をつきます。稀一郎は急かしたいのを待ちました。 「おれはずっと……この日のために、ずっと、生きてきたのかもしれない」  稀一郎は生唾を飲みます。一旦緩んだ肉棒ですが、今またむくむくと硬度を取り戻していました。動きたいのを堪えて言います。 「じゃ、嬉しくて泣いてるのか?」  朔之介は何も言わず、ふいっと目を逸らしました。その仕草がどうしようもなく稀一郎の劣情を刺激します。もう我慢できなくなり、稀一郎は勢いよく腰を引き、打ち付けました。喉の奥がうなり、尻の持ち上がる感覚があって、朔之介の腹の中に大量の欲を吐き出しました。種を染み込ませるように腰を揺すります。 「ごめ、中出しちゃった」  稀一郎は甘い吐息と共に言いました。朔之介は信じられないという顔をしています。 「いや、だってこの中、気持ちよすぎるんだもん。我慢できねぇよ。寸止めは辛いってわかるだろ?」 「だからって一往復は……」 「違う違う!一往復半だぞ」  朔之介は愉快そうに微笑みました。濡れた瞳がぎこちない弧を描きます。そんなことで、稀一郎の下半身は再度熱を持ちます。自慰の時は一度で終わりにしますが、いざ本番となると案外持久力があるのだな、と稀一郎は感心しました。  稀一郎がやおら腰を動かすと、朔之介はぴくりと反応します。引き抜こうとすると腰が切なげに揺れ、押し込むと肉襞がねっとり絡みつき、誘うようにうごめきます。稀一郎はゆるゆるとした抽送を繰り返し、中の感触を確かめました。 「……か、回復が早すぎるぞ」 「うん、なんか、あと二回はいけそうだな……朔も気持ちい?俺はすげぇいいよ」 「んっ……黙って、動けよ」  朔之介は息を弾ませながら、袖で目元を覆い隠します。すかさず、稀一郎は朔之介の手首を布団へ縫い付けました。恐る恐る顔を覗き込みます。先ほどとは打って変わって、しかめ面をしています。しかし瞳は潤んでいました。 「……見るな」  朔之介がぼそりと言います。 「あんまり、こっちを見るな」 「なんで?顔見せてよ」  優しく言って、稀一郎は腰を回します。円を描くように腸壁を擦ります。 「んぅっ、いやだ……見られたくない」  朔之介は目を瞑り、つんと顔を背けました。右半分を敷布に埋め、鼻からは甘やかな声が抜けます。 「何が嫌なんだ?こんなにかわいいのに。恥ずかしいの」 「ちがっ、んん……とにかくいやだ。怖い……」  稀一郎は不満でしたが、深追いしすぎるのもよくないと思いました。手首を掴んでいた手を上にずらして朔之介の手に重ねました。指を絡めて固く握り、朔之介の耳や頬や鼻に口づけを落とします。そしていきなり、本格的な抽送を始めました。呑気にしていた朔之介の声は高くひっくり返ります。 「ひゃっ!?あ゛っ、急に、はげし……」 「見られたくないってならしょうがないけど、俺のことは、ちゃんと見てろよ……お前を抱いてる、男の顔をさ」  朔之介は唇を引き結んで首を左右に振りました。瞳はかすかに開かれ、稀一郎を映しているように思われました。それだけでは飽き足らず、稀一郎は片手を解放して朔之介の口に親指を突っ込み、強引に開かせます。顎ごと掴んで、顔を正面に向けさせました。 「おら、こっち見ろよ。ずっとしたかったんだろ?好きって言え」  稀一郎は闇雲に腰を振り、奥の方まで突き上げます。上の口に差し込んだ武骨な指は、朔之介のふっくらとした舌を愛撫します。先端をさすると気持ちよさそうに鼻を鳴らし、捕まえて押さえ付けると嘔吐くような声を上げます。 「……っふ、あ゛ぁっ!あ、やぅ、ぅん゛っ!」  朔之介は解放された左手で着物の裾を掴み、衝撃に耐えています。喉は乱れた母音しか発しません。快楽に堕ちているらしいことは一目でわかります。普段の澄ました面差し、諦観的な眼差し、憮然たる態度、全て見る影もありません。  だんだん、朔之介の腰がせり上がってきます。稀一郎の腰へ押し付けるように揺らめくのです。三角に曲がった脚は布団の上で踏ん張り、内腿は小刻みに震えます。体が勝手に快楽を追い求めています。 「いっちゃいそう?」  稀一郎が問うても、朔之介は涙を浮かべながら善がるばかりです。稀一郎もそろそろという予感があるので、一心不乱に腰を反復させます。朔之介は思い切り手を握り、稀一郎の手に爪痕を刻みます。それから声にならない悲鳴を上げるや否や、稀一郎を包む肉の圧力がぎゅんと高くなり、搾り取るようにうごめきました。稀一郎もたまらず二度目の吐精をします。  朔之介はだらりと脱力し、胸を激しく上下させます。稀一郎も息を荒げながら、朔之介の目を覗き込みました。口内を荒らしていた指を引き抜き、付いた唾液を舐め取ります。朔之介はおぼろげに稀一郎を見、苦しそうに口を開きました。 「……も、むりだ……おれだけ、四回も……だから……」  そう言いつつも、下の口は断続的に収縮を繰り返し、稀一郎を離そうとしません。その刺激でまた質量を持ち始めます。必然的に、稀一郎は腰を揺らし始めました。 「あ゛っ!おい、ばか……んん゛っ!もう、むりぃ、っで」  朔之介が身をよじりますが稀一郎は逃がしません。朔之介の後ろに手を回し、力ずくで体を密着させます。首筋に鼻を埋めると、普段とは違う香りがしました。沈丁花のような甘ったるい匂いです。 「あ、あっぐ、やだぁ……っ、いま、いったばっかり……なのにぃ」 「うん、俺も……大丈夫、すぐ終わるから。あと一回だけ、ね」 「いやだ、やっ……もっと、ゆっ、ゆっくり……おぐ、ぅ、こないでぇ……」 「だって奥気持ちいんだもん……あ、もっと締めて」  朔之介は危うい手付きで稀一郎にしがみつきます。背中に爪を立てて引っ掻き、肩口に噛み付きますが、その痛みさえ稀一郎を煽るのに十分でした。朔之介の顔はよく見えないけれど、耳から直に官能の声が吹き込まれます。頭がくらくらし、腰が甘く痺れて、稀一郎は三度目の限界に達しました。  射精直後は馬鹿になる、というのは真実かもしれません。頭が真っ白になって、この一瞬のために生きてきた、もう死んでもいいとまで思うのです。それなのに貪欲に先を求めてしまいます。朔之介に対する執着心ばかりが燃えているのでした。    朔之介がしがみついたまま離さないので、稀一郎は体を被せたまま息を整えました。朔之介は、あっあ、と悩ましげな声を漏らしています。声に合わせて腰も揺れています。絶頂に至ったのかどうか、稀一郎の目には判別できませんでした。射精はしていないようで、陰茎は緩く起きたままでした。  稀一郎は上体を起こし、ずっと挿入しっぱなしだったものを抜去しました。粘膜が追いかけてくるので、どうにも名残惜しく感じます。ずるりと水音を立てて取り出すと、ぽっかり口を開けた朔之介の菊門から粘液があふれました。稀一郎は目を見張ります。稀一郎の白濁と朔之介の蜜とが体内で撹拌されたものだと理解した時、目の前がかっと赤くなりました。  朔之介はうつ伏せにうずくまる姿勢を取り、這いずって逃げようとします。しかし力が入らないのでした。腰が抜け、腕も膝もがくつき、頭から布団に沈みます。ただ尻を振るだけの、稀一郎を誘うような恰好になってしまいます。稀一郎は喉仏を大きく上下させ、朔之介の足首を掴みました。股を開かせて肩に担ぎ、もう片方の脚にまたがります。 「はっ、あ?」  朔之介は焦点の定まらない瞳で何とか稀一郎を捉え、息も絶え絶えに言いました。 「っ、おい……なに、してんだ……」 「松葉なんとかいうやつ。知らねぇ?試してみようかなって」 「そういうことじゃ――」  構わず、稀一郎は腰を押し込みました。朔之介は濁った悲鳴を上げて硬直し、全身を使って酸素を取り込んだかと思うと、力なく手足を投げ出しました。 「入れただけでいっちゃったの?かわいい」  稀一郎は上機嫌に笑いました。水分を吸って湿っぽくなった着物の裾をまくり上げ、朔之介の尻も腹も露わにします。左の袖だけ抜いて半分脱がし、布団の上に敷いてしまいます。ぐしゃぐしゃに汚れているので、一度洗わなくてはならないでしょう。 「でも、全然出せてないよな。こっちも触ったほうがいい?ごしごししよっか」  稀一郎は緩やかに抽送しながら、朔之介の下腹部へ手を伸ばしました。萎んで皮を被ってしまったそれを掴み、強めに扱きます。朔之介はがばりと頭をもたげ、狂ったように泣き叫びました。無理やり開かされた足は稀一郎の肩の上、もう片方も稀一郎の大腿に捕らわれているので、暴れたくても暴れられません。それでも腰を捻って逃げを打ち、震える指先で敷布の波を掻きます。 「ひぁあ゛!ふざ、ふざっ、けんな!……や゛ぁっ!はな、せ……はな、してぇ゛!」 「こら、逃げんなよ。チンポ触ると中がぎゅんぎゅんして、すげぇ気持ちいい」 「ふか、あ゛ぁ!ふがいぃいっ!んぐぅうぅ……ぬ、ぬい゛っで!ぬけよぉお゛!」  稀一郎は朔之介の体を引き戻し、膝裏をがっちり掴んで離すまいとします。正常位と比べて深部まで挿入でき、稀一郎は強烈な快感を得ることができました。稀一郎ががむしゃらに突き上げると、律動に合わせて艶めかしい声が上がります。わずかに硬くなりかけた芯を擦ると、髪を振り乱して絶叫します。肉壁が凄まじい圧で稀一郎を締め上げます。 「あ゛、あぁあっ!むりぃい、しぬ゛、しんじゃっ……も、おがじぐなぅがらぁあ゛!」 「俺も、気持ちよすぎて頭おかしくなりそ……中出すからな、ちゃんと全部飲めよ」 「いっ、ぐぅう……!いぁっ、あ゛!も、だめっ、だめぇえぇ!ま゛っでぇえ……ぎっ、いぃ゛!やら゛!ぃあ゛、あぁああぁっ!」  敷布にしがみつき、猛烈に身悶えながら、朔之介は陰茎から謎の液体を噴き出しました。尿とも精液とも違う薄い液体が飛ぶのを見、稀一郎は驚いて動きを止めました。それは射精よりも長時間続き、量も多く、布団も着物もびっしょり濡らしました。朔之介は布団に額を擦り付けながら、途切れ途切れに喘ぎます。 「……い、今の何!?なんかぴゅぴゅっと飛んだけど、何あれ!精子とは違うよな?小便でもないだろ?何あれ!俺もいきそうだったのに引っ込んじゃったよ」  未知との遭遇に稀一郎の心は浮き立ちます。しかし朔之介は黙って横たわっているだけです。稀一郎が触れるだけで大袈裟に反応し、艶っぽい声を上げます。稀一郎は朔之介の肩を掴んで仰向けにひっくり返しました。一旦腰を引いて、顔を覗き込みます。匂い立つ色香と恍惚の眼差し、涙や涎でどろどろに濡れた顔が、そこにはありました。朔之介がこれほど乱れている様を目にしたのは初めてです。  この瞬間をまぶたの裏に焼き付けておくことしかできないなんてもったいない。この瞬間を切り取って、どこかへ隠してしまいたい。いっそのこと朔之介をどこかへ囲って、誰の目にもつかないところへ閉じ込めてしまいたい。心ならずもそう思いました。 「ふ、ぅあ……」  ぐったりしながらすがりつく姿が幼気で狂おしいほどです。 「ん、なぁに。朔は本当にかわいいね」  まぶたに唇を落とすと睫毛がぴくぴく震えます。それがまた愛しくて、稀一郎はしきりに口づけます。頬や唇にも、軽やかな音を立てて接吻しました。 「いっぱい中に出しちゃったけどさ、赤ん坊できたらどうする?産んでくれるか?」  稀一郎が問うと、朔之介は怯えたような声音で、いやだと言います。 「こどもだめ……こわい……」 「そう?お前に似てかわいい子が産まれると思うけどなぁ」 「やぁ……こわい」  朔之介はむずかる幼子のように繰り返します。 「怖いの?」 「ん……や、こわい……あかちゃん、いやだ」 「でも、そうだよな。何となくそうだと思った。朔のそういうとこ、最高にかわいいよ」  よしよしと頭を撫でると、朔之介はとんと安堵して稀一郎に甘えます。 「俺はお前が好きだよ。金色の猫ちゃんみたいな目も、他のやつは気味悪がるかもしんねぇけどさ、俺は好きだぜ。真っ黒の目も、やっぱり好きだ。この世の全部の色を混ぜたみたいな深い深い黒が、お前によく似合っててすげぇ綺麗だよ」  朔之介の頭を撫でながら、稀一郎はいささか感傷的に呟きました。 「……なぁ、俺のこと好きって言ってよ。稀一郎好きって、言ってみてよ」  朔之介はおぼつかない視線を一寸さまよわせたかと思うと、絶え入るような声で囁きました。 「すきだ」  瞬間、息が止まります。たった一言が、稲妻のように稀一郎の胸を貫きました。もう一回とねだると、朔之介は目を細めてはにかみます。 「きいちろ、すき」 「……っ、ごめん。あと一回だけだから、やらせて」  稀一郎は朔之介の体を再度ひっくり返してうつ伏せに戻します。右の袖も抜いて襦袢を脱がし、丸めて適当に放り投げます。これでやっと、まとうものが何もない状態になりました。 「ね、あと一回だから。俺さっき出せなかったしさ……後ろ向きでやっていい?」  稀一郎は朔之介の尻を高く上げさせ、ちょうど猫が伸びをするような恰好にします。朔之介は不安そうに振り返り、弱々しく首を振りました。 「んん、もう、やだ……くるし……しんじゃう」  稀一郎は朔之介の背後で膝立ちになったまま少し悩みました。そうは言っても下半身は先を急いでいるわけです。稀一郎は誘惑に負けて腰を進めました。もう長いことし続けているので、朔之介の体は容易に怒張を受け入れます。 「やぁ……も、やらって……むぃ、あぅ……むりぃ……」  稀一郎は朔之介の細い腰を掴み、抜き差しを繰り返します。朔之介はもう喋られなくなって、泣きの入った嬌声を発するばかりです。声を抑えようと敷布を噛むのですが、すぐに堪え切れなくなり口を開いてしまいます。 「ごめん、もうほんと、一回で終わらすから」  反動を付けて奥まで潜ると、朔之介の白い尻がいやらしく波打ちます。その光景を見たいがために、稀一郎は重ねて腰を打ち付けました。弓なりに反らした背が、灯に照らされてちらちら揺れます。汗でじっとり湿っているせいでしょう。噛んでみるとやはり塩辛く、しかしどうも癖になる味で、稀一郎はいくつも歯型を散らしました。  その後、あと一回だから、を四回繰り返して果てました。

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