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第22話 翌朝
泥のように眠っていた稀一郎は、ひぐらしの鳴き声に目が覚めました。冷や汗と共に飛び起きます。時は既に薄明の刻。玄関の障子からほとんど光が入っていません。
「寝坊した!?」
稀一郎は焦って、褌も締めずに玄関を開けます。しかし、長屋にはほとんど人がおりません。西の空でなく東の空が白んでいます。玄関先ですずめがちゅんちゅん、その辺りの木で蝉がカナカナ鳴いているだけです。遠くで鶏の声も聞こえました。稀一郎は正しい時刻を知り、今日が休日であったことも思い出します。ほっと一息ついて、部屋へ戻りました。
昨晩の残滓により使い物にならなくなった朔之介の布団は隅へ追いやられ、二人は稀一郎の布団で狭苦しく夜を明かしました。朔之介はいまだ静かに寝息を立てています。襦袢が使い物にならなくなったので、稀一郎は朔之介の素肌に直接小袖を被せていました。しかしその状態は――褌を締めていないということもあって――とても扇情的です。稀一郎は裸のまま再度布団に潜りこみ、朔之介を背後から抱きかかえました。
寝ている相手に無体を働くなんてありえない、と稀一郎の理性は訴えます。太腿に挟んでもらうくらいならいいじゃないか、と本能が対抗します。稀一郎は煩悶しながら、とりあえず朔之介の体を撫で回しました。胸も腹もさらさらと乾いており、うなじはいつも通り乳のような香りがします。
「おい」
やにわに、がらがら声が言いました。
「あ……おはよう」
昨夜はやり過ぎたという自覚のある稀一郎は縮こまります。それでも決して離れません。
「……まだ足りねぇのか」
「いや、全然そんなつもりじゃなかったんだよ?ただ、お前の寝顔とか見てたら、むらむらっときちゃって……」
稀一郎は誤魔化すように笑いました。朔之介は悔しそうに舌打ちします。
「クソ、お前……底なしかよ」
「お前だって起ってるじゃん」
「うるせぇ……朝だからだろ」
「もー、そんな意地悪言うなよな」
稀一郎が下腹部のものをそっと握るだけで、朔之介は上擦った声を漏らします。稀一郎はますます高ぶって、腰を押し付けました。
「ぁ、クソ、お前、ほんとに……」
「ねぇ、いいでしょ?一回だけだから」
「っ、この、体力お化けが」
朔之介は不意に起き上がったかと思うと、稀一郎の体に膝立ちでまたがりました。背筋を伸ばして稀一郎を見下ろします。羽織っていた着物は脱ぎ捨て、言いました。
「お前に任せてたら大変なことになるからな。いつまで経っても終わらねぇし、一回だけって台詞もいい加減聞き飽きた」
不遜な態度ですが、紅潮している上に全裸なので、全く迫力に欠けます。そんなことよりも、光の中で見る朔之介の裸体に、稀一郎は心を奪われていました。自然光はランプと比べて格段に明るいのです。乳頭の色や毛の生え際など、体の隅々までが詳細に見えるので、稀一郎は感動していました。その分かさぶたや痣も目立ちますが、陶器のような肌にでこぼこの傷痕が浮いている様は倒錯的に美しく、やはり見る者の目を奪います。
「おい、聞いてるのか。おれが動くから、お前は何もするな」
「いやぁ、本当絶景だなぁ」
富士山を愛でるような感嘆の声を漏らすと、朔之介は真っ赤になって怒ります。
「て、適当言ってると入れさせてやらねぇぞ!したいのかしたくないのかはっきりしろ」
「したいです!したいに決まってる」
稀一郎は慌てて言い、朔之介の腰を押さえました。朔之介は稀一郎の手に重ねて、だから触るなってば、と怒ります。
「でもさぁ、すごく綺麗なんだもん。あと案外肉付きいいよな。前はもっと細かったと思うんだけど」
稀一郎は不躾に両手を這わせます。腰から脚の付け根を辿り、尻を鷲掴みにして揉みしだきました。朔之介の胸が徐々に反っていきます。
「太腿とかむちむちしてるし。お尻もさぁ、昔からこんなに大きかったっけ?大福餅みてぇ」
「は、ぁ、変な触り方すんな」
「普通だろ。ほんとに感じやすいな」
「だれの、せいだと……」
稀一郎は軽く腰を揺すり、ぎんぎんに覚醒した肉棒を尻の谷間に擦り付けます。先走り汁のおかげでよく滑ります。
「な、あ、おれがするって……言ってんだろ。んっ……見たくねぇのかよ」
「お前が俺の上で腰振るのか?」
「そうだ……ちゃんと気持ちいいから、安心しろ」
朔之介は稀一郎の一物を押さえて固定し、ゆっくりと腰を落としました。朔之介の体は既に蕩けていて、根元まであっさり埋まってしまいます。
「ふぁ、はぁ……」
朔之介は稀一郎の手を取って指を絡め、腰を前後に動かします。苦しそうに喘ぎながらも、強気な眼差しを向けました。
「ん、気持ちいいよ。この小っちゃい腹ん中に、俺のが全部入ってるって思うと、それだけでたまんない。すごくやらしい」
「やらしいのはどっちだ。この、助平め」
朔之介は稀一郎の手を握り締め、懸命に腰を回します。くびれた曲線が歪んで蛇行するのを、稀一郎は目で追いました。胸の先端にある桃色が固く尖っています。下腹部のものもすっかり硬くなり、涎を垂らしています。
「お前も、気持ちいいとか好きとか言ってよ」
「はぁ?んなこと、言えねぇ」
「昨日は言ってくれたぜ。覚えてねぇの」
朔之介は眉を寄せました。
「……知らねぇ。言ってねぇ」
「覚えてないだけだって。途中からぶっ飛んでたもん。好き好き言って接吻してきたし、いっぱいぎゅってしてくれた。気持ちい?って聞いたら気持ちいいって言ってたぜ」
朔之介はむっとして口をつぐみます。腰も止まってしまいます。
「好きか嫌いかわからないなんて、あやふやなこと言ってないでさ。ちゃんと好きって言えよ。俺のこと好きなの、見てりゃわかるぜ。俺はお前が好きだよ」
「……おれだって」
朔之介はうつむき、唇を噛みました。
「お前は本当のおれについてほとんど知らないから、そんなことが言えるんだ」
「いや、俺はお前のこと結構知ってるぜ。俺は妹を殺して家を燃やしたが、お前も実の親父を殺したんだろ?まあ、お前の親父を殺したのは正確には俺なんだが……」
朔之介はびくりと肩を揺らします。青ざめて、身を強張らせました。瞬く間に指先が冷えていきます。
「そんなに怖がるなよ」
「……その話、誰から聞いた。おれが話したのか」
低く引き攣った声が飛び出します。稀一郎はなだめるように言いました。
「怖がるなって。ちゃんとお前の口から聞いたよ。生まれのこととか、色々さ、お前の気にしてそうなこと、俺は全然気にならねぇぜ。親父のことも、他にもお前を悪く言うやつがいたかもしれねぇけど、そんなの関係ない。お前はお前だし、俺はお前が好きだよ」
唐突に、きゅんと締め付けられて稀一郎は悶えました。
「あ、ちょ、急にやめて」
「ははっ、こんな状態でなけりゃ感動的だったのにな」
「チンポ入ってたって言葉の意味は変わらねぇだろうが。嬉しかったんだろ」
「ああ、嬉しいさ」
朔之介は、無意識の美しい笑顔というには一歩及ばない、しかし稀一郎と出会った頃と比べればずいぶん自然で柔和な表情を見せました。嬉しいのと泣きたいのが混ざったような笑顔で、鼻先は赤味を帯び、瞳はうっすら潤んでいました。
「おい、一回しか言わねぇから、ちゃんと聞けよ」
もったいつけて、上体を倒します。稀一郎の耳元へ唇を寄せ、水分をたっぷり含んだ声で囁きました。
「お前が好きだ」
耳を舐められた、と稀一郎は思いました。繋いでいた手を振り解いて、朔之介を抱きすくめます。
「俺だけ見てくれる?」
「ずっと昔から、お前しか見てなかった」
「もうどこにも行くなよ。ふらふらすんなよな」
朔之介は控えめにうなずきます。稀一郎は腹筋を使って起き上がりました。バランスを崩した朔之介は慌てて稀一郎にすがりつきます。
「ばか、いきなり動くな」
口ではそう言いながら、その顔は熱に浮かされたように火照っています。
「口吸っていいか」
稀一郎が請うと、朔之介はもじもじと舌を覗かせました。真っ赤に濡れたそれは正しく粘膜という印象でした。稀一郎は舌先に噛み付いて優しく吸い上げます。朔之介の喉が上下し、唾液を飲み込むのがわかりました。朔之介は薄目で稀一郎を見、もっとちゃんとしろとせがみます。稀一郎は唇を密着させ、無我夢中で舌を絡め取り、口内を蹂躙しました。
舌を受け入れながら、朔之介は腰をくねらせます。その緩慢とした動きが稀一郎にはもどかしく、口づけしたまま朔之介を仰向けに倒しました。朔之介は瞑っていた目を丸く開いて、文句を言いたそうに稀一郎を見ますが、稀一郎は先に動いてしまいます。
「あぁっ!」
唇が離れ、朔之介が声を上げました。
「ん、おれが動くって、言ったのに」
「全然足りねぇ。もっと奥まで、お前の全部がほしい」
飢えた狼の風貌をした稀一郎を映し出す、朔之介の双眸が揺らぎます。それが合図だったかのように、稀一郎は荒々しく腰を振りました。あられもない声とみだりがましい水音が室内に響きます。
「好きだ……好き。お前だけがずっと、心臓に噛み付いて離れないんだ」
朔之介が舌を出して善がるので、稀一郎は唇を塞ぎました。それでも口の隙間から甘えた声が漏れるので、稀一郎は朔之介の吐く息ごと飲み込んでしまいます。そして幾ばくもなく、ほとんど同時に絶頂を迎えました。
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