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おばけやしき編 4

 パパが僕に尋ねてくる。  つばきくんとあやめくんはもうお外に出るの?  だったら僕もお外に出たい。お家に帰りたい!  でも。でも、僕が出ていったらママはどうなるの? 「ママは?」 「聞こえているとおりです。完全に嵌っていますね。ですが、貴方も退出するのなら、白も一緒にここから……」 「やだっ! 僕、ここにいる!」  僕はパパに訴えた。すると、僕を抱えるパパの腕がピクリと僅かに動いた。  だって、あんなにママは楽しそうにしているのに、僕たちのせいでお外に出ちゃったら。ママから笑顔がなくなっちゃうよ。  そんなのだめだっ!  ブンブンと首を横に振ってみせると、パパは低い声をさらに低くして囁いた。 「では、この光景を目の当たりにしても最後まで残ると言い切れますか?」  途端、僕の背筋が、なんだか冷たいものでも流されたみたいに「ぞくぞく」ってした。暗くてパパのお顔がよく見えないけど、なんだかすごく楽しそうで、そして意地悪なパパの声に、僕はブルリと震えてしまう。  それでも、僕はムキになって、ここにいるって言ったんだ。そして、ゆっくりと目を開いて、僕は辺りを見渡した。  真っ暗だった。でも、パパやママが持っている明かりの先を辿って、その先にある「もの」に目を凝らせば……。 「きゃーっ!!」  お、お、お、鬼が~! おっきなキバを剥きだして、おっきな金棒を片手で持ってて、ぎょろぎょろと半分飛び出た目玉でぼくたちを睨めつけてるよ~!  僕はすぐさま、パパの胸にお顔を隠した。すると、パパからため息混じりの言葉がでる。 「もう椿木と菖蒲は華鈴と共に外に出ましたよ。どうしますか?」 「だ、だめっ! 我慢する! 怖くないもん!」  怖くない、怖くない。あれは鬼じゃない。鬼じゃない!  あれは可愛いワンちゃんだった!  ……。  わ、ワンちゃんはあんなに怖くないもん~! 「怖く……ふぇっ……ないもんっ……」 「全く。そういったところは白譲りですね」  泣きそうになると、パパがポンポンと背中を擦ってくれた。  僕は、慌てて涙を堪えてみせる。  泣かないもん! 僕、男の子だもん!  ふーっ、ふーっ、と大きく息を吐きながら、必死で泣くのを堪えていると、軽やかな足音とともに誰かが傍にやってきた。 「やっぱりペンライトがないと面白さ半減するな~。悠壱さん、ペンライト貸して」  ママだ! 「落としたのですか?」 「椿木がぐずってたから、持たせたんだよ。あれを俺だと思ってお外に出るんだよって」 「形見ですか」 「死んでないって」  ふふっ、て笑うママの声はすごく楽しそう。そんなママのお顔を今すぐ見たいけど、鬼が怖い僕はそっちを振り向けない。  僕は、ただただママを呼ぶことしかできなかった。 「白ママ……」 「ほら、見てごらん? 露草。鬼さんたちがたくさんいるよ?」 「ぴっ!?」 「白、月草をさらに怖がらせてどうするんですか」 「え? 怖いの?」  不思議そうな声で尋ねてくるママ。でも、不思議なのはこっちのほうだよ。どうしてママは怖くないんだろう? 「ママは……スン……どうして笑っていられるの?」  ママのほうを見ないまま、声だけで尋ねると。ママは考え込むように「う~ん」と唸っていた。 「なんでだろね?」  僕に聞かれても……。 「悠壱さんは? 怖い? 面白い?」 「別に」  パパは怖いものなんてないんじゃないかな。だって、お化け屋敷の中に入る前と今のパパとじゃ、ぜんぜん変わってないもん。  そしてママは、パパの答えが最初からわかっていたのか、「だよなぁ」って呟いた。なんだか肩をがっかりさせたような感じが伝わってきた。 「どうして笑っていられるのかって聞かれると、やっぱり楽しいからだな。もともと、こういったホラー系……鬼さんは好きだったし。それに、俺も露草と同じで、お化け屋敷は初めて入ったから興奮してるみたいだよ」 「こうふん?」 「そう。わくわくしてるんだ」 「わくわく……?」  言ってることはよくわからない。でも、ママは楽しそうに語る。「わくわく」するっていう気持ちは、楽しくなるときに使うんだもんね。 「怖くないの?」 「ん。鬼さんは怖くないかな。俺には別に怖い人がいるし」 「怖い人?」  それって誰?  そう聞く前に、ポンポンって頭を撫でられた。その手の大きさから、それはママだった。 「それに、ここにいるのは俺一人じゃないから。露草も、悠壱さんも一緒だから、怖くないんだよ」  そう言われて、僕は少しだけ左胸が高く鳴ったんだ。  ドクン、って。  そんな優しいママの声を聞いて、少しだけ。ほんの少しだけ僕はホカホカな気分になった。 「えへへ……」 「あ、笑ったね」  僕も、同じかも。  パパとママがいてくれるから、笑顔でいられるんだもん。  だから、今のこの場所だって。鬼だって。へっちゃらになれる気がするんだ。 「じゃあ、先へ進もうか」 「うん!」  僕は目を開いた。 「悪い子はいね~が~!」 「ッキャ―――――――――!!」  だめ! やっぱりこわいものはこわい!

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