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おばけやしき編 5
―――――…
「ふぇっ、ふぇええん……!」
「もう大丈夫だよ、露草。お外だよ」
「ぅえっ、ぅええ……ひっく……うえぇぇん!」
「……弱ったなぁ」
泣きじゃくる僕をお膝に乗せたママは、よしよしとあやしてくれていた。ママの首にぎゅって抱きつくと、ママは「だいじょうぶ」って優しく囁いてくれる。でも、お化け屋敷から出てきたばかりの僕は、優しいママの声でも泣き止むことができなかったんだ。
結局、出口に辿り着くまで中を回った僕たち三人。僕は最後まで泣いて、パパは最後まで無言で、ママは最後まで笑ってた。
すでに「ひじょうぐち」から出ていたつばきくんとあやめくんは、かりんちゃんと一緒に「たくしー」でお家に帰っちゃったらしい。二人ともたくさん泣いて、疲れて、眠ちゃったんだって。
それで、僕はお化け屋敷を出てからず~っと、ママに抱きかかえられて泣いている。
だって、怖かったんだ。すごくすごく怖かったんだからぁ!
「ママッ、ママぁ~」
「大丈夫。ママはここにいるよ? それにほら、うささんやワンちゃんもいるし」
ぐすん。
鼻を鳴らして、涙でぐしゃぐしゃのぼんやりした目でママの顔を見上げてみた。そこには、ニコニコ笑うママがいて、ぼくの涙を指で優しく拭ってくれた。向き合う形でママのお膝に乗せられている僕の足もとには、ふわふわしたものが擦り寄っている。
見れば、可愛いうささんとワンちゃんが心配そうに僕を見つめていた。
「うささん……」
ふわふわのまるまる、真っ白なうささん。ひくひくさせてるお鼻が可愛くて、僕はそろそろと手を伸ばした。すると、柔らかなお毛けが僕の心をふんわりと優しい気持ちにしてくれたの。
そうして優しく撫でていくうちに、僕は泣くことを忘れてうささんとワンちゃんにすっかり夢中になっていたんだ。
「露草をペットショップに連れてきたのは正解だったなぁ。よく思いついたね、悠壱さん」
「百貨店で子供が遊べる所ならば、相場が限られるでしょう」
「でも、そこで露草のためにペットショップを選択するところが意外だったんだけど?」
「何が言いたいんです?」
「ん~ん、何も。パパが子供たちのことをよく考えてるな~ってことが、よくわかっただけだからさ」
「し……」
「ママ! パパ! はむすたーもさわっていい?」
「おー、俺も触る~。ほら、悠壱さん」
「……」
「悠壱さん?」
「あんな鼠のどこがいいんですか」
「ねずさん?」
「鼠じゃなくって、ハムスターだって」
「差異などないでしょう、あんな小動物。ただ狭い暗所をチョロチョロと徘徊するだけの夜行性げっ歯……」
「もしかしなくても、ハムスター苦手?」
「……」
「……苦手なんだ」
「苦手ではありません。不快なだけです」
「露草~。俺と一緒に行くよ~」
「パパは?」
「いいの、いいの。ママと行くぞ~」
「う? うん!」
眉間に皺を寄せてだんまりのお顔のパパを置いて、すっかり元気になった僕とママは「ぺっとしょっぷ」を堪能したんだ。
鬼のことなんか、僕はもうすっかり忘れてしまっていた。
だからかな。
僕はこの後、すごくすごく怖い思いをすることになるんだけど……。
同時に、「このよ」で一番恐ろしい人を知ることになるんだ。
鬼なんて、ぜんぜん怖くない。そう思わせられるほどの。
頭の中に刻みこまれた「せいさんなできごと」だった。
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