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おばけやしき編 7
そんなママと、僕は同じことがしたくなったの。だってママが大好きなんだもん。もっとママに近づきたいんだもん。
だから。
「ママ。それ、僕に貸して?」
「ん? 車のキーを?」
「うん! 僕もくるくるしたい」
「くるくる? ……ああ、これか。ん~、ここだとどっかに飛ばしちゃうかもしれないからなぁ」
そう言って、ママは僕に鍵を貸してくれない。僕はムッとほっぺを膨らませてもう一回頼んだんだ。
「飛ばさないもん! うまくできるもん」
「じゃあ悠壱さんの車のとこまで行ったら、な?」
「やだ! 今やりたいの!」
握ったママの手をぶんぶんと振って訴えると、ママは困った顔で「しょうがないな」と言って僕に鍵を渡してくれた。
笑顔になった僕はそれを受け取ると、ママのようにキーホルダーに指を引っ掛けてくるくるって……。
「あっ!」
回したら、そのままポーンってどっかに飛んで行っちゃったんだ。
その様を目で追っかけると、鍵はチャリンって音がして、何にもない地面の上に落ちちゃった。僕は早く取りに戻らなきゃって思って、ママの手を離して走り出したんだ。
そして僕が鍵に触れようとした瞬間。
キキ――――!!
「露草!!」
「えっ?」
聞いたこともない大きな音が、僕の横から聞こえてきて。同時に、ママのすごく大きな声が飛んできた。
バッ、と振り向くと、眩しい光が僕の方に飛んできて、反射的に僕は目を瞑った。
「馬鹿野郎!! 死にてーのか!?」
「っ!?」
今度は怒鳴り声にびっくりして、僕が目を見開くと、目の前には知らない車が柱にぶつかっていた。
そして、車からは知らないお兄ちゃんたちがゾロゾロと三人も出てきて、僕は動けなくなってしまった。
ううん。僕はもうさっきから動けないの。身体が石のように固まっていて、全然動けなかったんだ。
どうしてだろうって、目だけを動かしてみると。
「……ママ?」
「……っ………………死ぬかと……思った…………」
ママが僕の体をぎゅっと抱きしめていたんだ。
そして、僕がママを呼んだのと同時に聞こえてきたママの声は、すごく震えていた。
聞いたこともない、ママの辛そうな声。それを聞いて、僕は僕の身に、一体何が起こったのかがわかってしまったんだ。
僕は落とした鍵を取りに行こうとした。でも、鍵の落ちた場所は車の「そうこうろ」で、僕はそこに飛び出してしまったんだ。
これは後から聞いたことだけど、幸いにもここが「ちかちゅうしゃじょう」だったこと、それから車が「じょそう」中だったことで、僕は車にぶつかることもなかったし、怪我をすることもなかったんだって。
でも、問題だったのは、僕とぶつかりそうになってしまった車に乗っていた人たち。僕がいきなり「そうこうろ」に飛び出したことで、運転手の人はハンドルを思いっきり切ったんだって。そしたら、車が柱にぶつかっちゃったんだ。それで、僕に怒った車の中のお兄ちゃんたちが、ママに向かって怒鳴り始めたの。
「あ~あ~! どうしてくれるんスか? コレ、弁償物っすよ?」
「ざっけんなよ。コレ、先週メンテに出したばかりだっての。マジ最悪」
「つーか、ガキに首輪でもつけておけっての。このカス」
ママが悪いんじゃないのに!
お兄ちゃんたちはすごくすごく怒ってた。でも、僕を抱きしめたままのママは、まだ少しだけ震えてて、お兄ちゃんたちの言葉に気付いてないみたいだった。
それに対して、さらに怒ったお兄ちゃんのうちの一人がママの腕を掴んで乱暴に引っ張り上げたんだ。
「ママ!」
「聞いてんのか!? この野郎!」
バシッ!
「ママー!」
ママがぶたれた。お兄ちゃんが思いっきり振り上げた大きな手で、ママの眼鏡が吹っ飛んじゃうくらいの力強さで、ママはぶたれたんだ。
それでも、ママの体は倒れない。だって、お兄ちゃんがママの腕を乱暴に掴んだまま離さないから。
そして、項垂れたママの顔を乱暴に引き上げると、怖い顔のお兄ちゃんたちはいきなり目を真ん丸にさせた。でも、次の瞬間にはニヤニヤと変な顔になって、気持ち悪い目でママを見るようになったんだ。
「へへっ。これは、結構……」
「上玉だな」
「でも、ツいてるんだろ? 勃たねぇよ」
「んなもん、股を見なきゃできんだろーが」
じろじろと気持ち悪い目でママを見る。
お兄ちゃんたちは何かを話してたけど、それが僕にはわかんなかった。でも、ママがこれから危ない目にあうんじゃないかって、「ほんのう」が知らせてくれたんだ。
ママを助けなきゃって!
「ママ!」
「うっせーな、このガキ」
「おい、ガキを黙らせろよ。できんだろ?」
「弁償ナシにしてやってもいいんだぜ? その代わり……ヤらせろよ」
「ママをはなせ! ばかー!」
僕はお兄ちゃんの足をポカポカ叩いた。でも、それは全然効いてくれなくて。僕は泣いて叫んだんだ。
「ばかばかばか!」
「うぜぇってんだよ! 殺すぞ!」
「……っ、露草!」
「ママ! ママ!」
「おい、早く車出せっ。連れ込むぞ」
「わーったよ」
お兄ちゃんたちが動き始めたところで、それまで項垂れていたママが僕の方を見てくれた。でも、顔を上げたママのほっぺは、痛々しいほど真っ赤に腫れていて、口からはタラリと血が流れていたんだ。
そして車のエンジンをかけたお兄ちゃんの一人が、ママを掴んでいるお兄ちゃんへと声をかけてママを車の中へと引きずり込もうとした。
「ママ!」
「露草っ」
「暴れんな、このヤロ……」
「ママ! やだっ……パパー!!」
僕は思い切り叫んだんだ。
このままだと、ママがどっかに連れて行かれちゃう!
「助けて! パパー!!」
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