28 / 46
ラブバードラプソディー 2
「ん? んんん?」
ある日、尻ポケットを探ってみると、指輪が無いことに気づいた。おっかしいな。ちゃんと入れたはずだけど、何処かで落としたか?
「かといって、探してる暇もないんだよなぁ……」
なんたって今日は肉の日! スーパーのタイムセールに遅れようものなら今夜の焼肉が魚に代わってしまう!
悠壱さんは焼肉よりも魚の方が好きだろうけど、焼肉なんてジャンジャンやれるもんでもないし、椿木はともかく露草は食べ盛りだし、何より俺がすっかり焼肉気分になっちゃってるし。
とにかく焼肉をやりたいんだ俺は!
指輪のことは後回しと、俺は財布とエコバッグ、そして家の鍵を持って家を出た。この時、携帯電話くらいは持っていけという話なのだけど、携帯電話を携帯することが身についていない俺は最低限の物しか持たずに目的地へと走っていった。
チャリンコ欲しいなあと呑気に思いながら。
まさか俺が家を空けている時に、あの人が帰ってきたとも知らないで。
・・・
「ふふ〜♪ カルビ〜、ホルモン〜、ロースにレバー♪ つけダレは特製〜♪」
ほくほく顔で帰宅した俺は、両手に本日の戦利品を山ほど抱えていた。悠壱さんが見たら呆れる光景だろうか? そんなに買ってどうするんだって言われそうだ。
大食いの俺がいるんだから、決して余ることはないと思うが、余ったとしても冷凍に出来るし安く買えて悪いことはないだろう。それはそうと、今日の白飯はいつもの倍で炊かなくちゃだな。
鍵を開けて中へ入ると、そこでヘッヘッと舌を出して待っててくれているだろう犬と猫に向けて声を掛けた。
「わたがし〜、まんじゅう〜、ただいま〜」
「お帰りなさい、白」
当然、犬や猫ならば言葉で返したりなどしない。声を掛ければ必ず玄関まで迎えに来てくれる二匹なのだけれど、今回は珍しく声が返ってきた。それも聞き覚えのあるバリトンの。
少々驚きつつも、俺は靴を脱ぐと足早にリビングへと向かってその正体を確かめる。
「あ、れ? 悠壱、さん?」
「他に誰がいますか?」
夫だった。
帰ったばかりでもないのか、犬のわたがしのブラッシングをしていた。気持ち良さそうに目を細めるわたがしの隣で、まんじゅうもまたスヤスヤと寝ている。
いいなぁ。俺もブラッシングしてもらいてぇ。
いやいや、それよりも。
「今日は早かったんだな? 言ってくれれば良かったのに」
両手の荷物をテーブルの上に置きながら、俺は悠壱さんへと声を掛ける。悠壱さんはブラッシングの手を止めることなく、俺に対してつっけんどんに言葉を返した。
「言えば迎えにでも来てくれたんですか? それに何です? そんなに沢山買い込んで。冷蔵庫が空のわけでもないでしょうに」
ほら、やっぱり。言われると思ったよ。いいじゃんか、買い込むくらい。余すことなく全部食べるんだからさ。
俺はボソリと呟いた。
「帰って早々、嫌味のオンパレードかよ……」
大事な肉を冷蔵庫に入れつつ、俺はコーヒーでも淹れてやろうかとカップを取り出した。が……
「結構です。それよりも、白。ここに来なさい」
スヤスヤと寝入るわたがしの隣へ来いと、指で指示された。
「え? 何?」
わけがわからず、きょとんと聞き返しても悠壱さんはここへ来いの一点張り。はて、俺ってなんかやらかしたっけか?
とりあえず、言われるがままにわたがしの隣に来て、なんとなくやらかしたっぽいので床にて脚を折り畳み正座をして、ソファに座っている悠壱さんを正面に見上げた。
「何か私に、言うことがあるのでは?」
なんか怒ってる……っぽい。目が久々に冷たい気がする。
何だ? 俺は何をやらかした?
俺はおずおずと聞き返した。
「言うこと……って?」
「ありませんか?」
「ん〜……今夜は焼肉、です。はい」
悠壱さんが好きだろう魚じゃないことに怒っているのかと、今日の晩飯の献立について答えてみる。
しかし、溜め息を吐かれるばかりでこれは外したらしい。
「え? 違う? じゃあ……あ。歯ブラシ、寝惚けて悠壱さんのやつを使っちゃったこと?」
色分けしてあるんだけど、二回くらい間違えて使っちゃったことがあるんだよなぁ。硬さが違うからすぐに口から出したけど、これがバレたのか? ちゃんと洗ったぞ。ちゃちゃっとだけど。
しかし悠壱さんは頭を手で抱えているばかりで、これも外したっぽい。若干、ショックを受けているような、いないような反応。言わん方が良かったな。
「えっと、じゃあ……俺が悠壱さんのパンツを」
「もういいです」
俺の言葉を遮るように悠壱さんは一言置いてから、自身のスーツの胸ポケットから何かを取り出して、それを俺に見せた。
「これ」
「あ……」
指輪だ。俺が雑貨屋で買って落としていったやつ。焼肉のことですっかりと忘れていた。しかし、どこでそれを?
この質問が顔に出ていたのか、悠壱さんは淡々と答えてくれた。
「キッチンで見つけました。おかしいですね。月草はこのような物など持ちませんし、本人へ確認を取りましたが心当たりが無いとのことで。また、椿木が持つにしてはサイズが大分異なるかと」
言い訳しようにも裏まで取れてる。露草、ごめんな。悠壱さんに問い詰められて怖かったろうに。
夫である悠壱さんに隠していただけに、悪いことをしているわけではないのに何故だか悪いことをしていたような気分になる。
しかしまあ、正直に言うしかあるまい。主に男除けに指輪を買ってつけていました。それだけの話だ。
俺が口を開きかけた、その時だった。
「from M……と、彫られていますね」
「へ?」
指輪の内側も見つめながら、悠壱さんが呟いた。
外側のシンプルなデザインばかりに目がいっていて、内側なんて見たことなかったけど……へ?
わけがわからず、目を丸くさせる俺を置いてけぼりにして、悠壱さんは俺に問いかけるようにして尋ねてくる。
「変ですね。イニシャルがMの者など、ここにはいません。しかし、この指輪には確かにMと彫られています」
「イニシャルって何処? 何処に彫られてんの、それ? おっかしいな。そんなの入ってたっけ……って、うお!?」
買う前にちゃんと確認をしていなかった自分が悪いといえば悪かったんだろう。
だが、それにしたって夫も少しは妻の言い分を聞いてもいいだろうに。
俺の手を引っ掴んだ悠壱さんの顔は、一段と綺麗に笑んでいた。
「何処の輩から、贈られた物なのでしょうか?」
ともだちにシェアしよう!