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プール編 ~月草 side~おまけ

「あー、きもち~」 「月草君もプール、好きだよね~」 「お前もな」  ひんやりとした水の中に仰向けでプカプカ浮かんでいると、まるで飛んでるような錯覚に陥ってしまう。これがものすごーく気持ちよくて楽しい。 「あー……極楽、極楽」 「月草君、それはお風呂の時の台詞だよ」  ゆったりとプールで涼んでいると、シャチで遊んでいた椿木がプールから上がって母さんの元へと走っていった。 「白ママー! 僕もアイスキャンディー食べる~!」 「おつかれ、椿木。何がいい? オレンジ、イチゴ、ソーダに……」 「メロン!」 「めろん……メロンは部屋の冷凍庫の中だな。ちょい待ってて。取ってくるから」  ったく。アイスキャンディーくらい自分で取りに行けよな。椿木はニコニコ笑顔でメロンのアイスキャンディーをリクエストし、母さんは自分の分もついでになのか、新しいアイスキャンディーを取りに部屋へと戻っていった。  そうして母さんがいなくなったのを見図ると、椿木はさっきまでのニコニコスマイルからキッと睨むような目つきでプールサイドチェアで読書を楽しんでいる父さんを見下ろした。  そして…… 「ねえ、壱パパ。今夜は絶対に寝かせないから」 「おやおや。それは熱烈ですね」 「いっつもいっつも白ママを独占して、そういつまでも白ママを独占できると思ってんじゃねえぞ。今夜、白ママと一緒に寝るのはこの僕だから!!」  って、何を宣言してんだ、アイツは!?  ビシッと指を差してるけど、人に指差しちゃいけませんって習ったろ!!  でもそんな馬鹿丸出しの宣言も、父さんは気にも留めた様子なく「フッ」と鼻で笑って…… 「では久々に親子揃って三人一緒に寝ますか? 何せ離してくれないものですから……私の白が」 「んだとゴルァ~!」  火に油注いじゃったー!? 何言ってんの、父さんも!?  俺があわあわと心配していると、同じく心配した菖蒲が俺に近づいてコソコソと耳打ちする。 「ね、ねえ、月草君。あれ、大丈夫かな?」 「いつも父さんが軽くあしらってるから大丈夫だと思うけど……」  だ、大丈夫かな? つうか、なんで父さんもそんなこと言っちゃうんだよ~!  ギャアギャアと喚く椿木に父さんは涼しげな様子で右から左へと聞き流しているようだけれど、椿木は母さんのこととなると止まらねえからな。  早く母さん、戻ってきてくれー!! 「むっかつく! ほんとにむかつくー!」 「そうですか。では、勝手にむかついていなさい」  父さんは椿木のあまりの喚きようにうんざりしたのか、本を閉じてチェアから立ち上がった。たぶん、部屋に戻ろうとしたんだと思う。  椿木は浮き輪のシャチをボスボスと床に叩きつけてて、これで喧嘩(椿木が喚いてるだけだけど)は終わったように思えた。  が。 「お待たせ~。もう面倒だから箱ごと持ってきちゃったよ。露草や菖蒲君も一緒にどう~?」  と、母さんがアイスキャンディーが入った箱ごと抱えて戻ってきた。けれどその母さんの格好が…… 「か、母さん!? 上着は!?」 「え? 俺も泳ごうと思って脱いできたよ。日焼け止めは全身に塗ったし、大丈夫だ!」  と、麦わら帽子とサングラスだけは掛けたまま、海パン一丁になっていた。端から見れば海の家からやって来たアイスキャンディーの売り子の兄ちゃんだ。  母さんが泳ぐのはわかっていたけれど、まんま身体を露出させていたらまた焼けるだろ! せめてTシャツは着てくれと俺が口を開こうとしたところ、それを目にした椿木が。 「きゃー!! 白ママ、上着だけは着てー!! 焼けちゃうー!!」 「……っ?」  と、シャチを持ったまま父さんにぶつかり、母さんへと駆け寄った。  そして突然のことで、でかいシャチに押された父さんはバランスを崩し、プールの中にドボンと落ちてしまった! 「と、父さんっ?」 「壱パパっ?」  すぐに浮上するかと思いきや、プールの中に落ちた父さんがなかなか上がってこない。  しん、と一瞬だけ静まりかえったその場。どうして父さんは上がってこない? 「月草君、悠壱さんが落ちたとこっ」 「そうだった!」  奥に行くにつれて水深が深くなるタイプのプール。父さんが落ちたとこは一番深い二メートル超。  ヤバい!!  俺と菖蒲が同時に父さんの下まで泳ごうとした。  でもその前に。 「悠壱っ!」 「か、母さん!?」  サングラスと麦わら帽子を取っ払った母さんがプールに飛び込んだ。ただ闇雲に飛び込んだわけではなく、手の先から頭、身体から脚と水面の衝撃を最小限にした綺麗なフォームでプールの中に入水し、父さんと共に水の底へと沈んでいった。 「白ママっ! 白ママっ!」  椿木が叫ぶその数秒後、二人がプールから勢いよく顔を出した。 「母さんっ、父さん! 大丈夫か!?」  俺と菖蒲が泳いで二人の傍に寄ると、父さんが「ええ」と短く答えた。 「落ちた拍子に眼鏡が外れてしまったので、取るのに手こずりました」  そう言って右手に眼鏡を持った父さんが、濡れた前髪を掻き上げながら答えてくれた。  な、なるほど。水深が深いから、沈んだ眼鏡を取るのに潜水してたってわけね。  びっくりした~……!  そして母さんはというと、プカプカと浮かぶ父さんの身体にぎゅっと抱きついている。父さんの胸に顔を埋めて離れない。  そうだよな。落ちた父さんが上がってこなかったんだから、心配したよな。  父さんもそんな母さんを見下ろして、苦笑すると共に母さんの白い頭に手を乗せ優しく撫でた。 「白。もう大丈夫ですから、そんなに抱きつかなくとも……」 「う、動かないで!」 「白……?」  見れば母さんの様子がおかしい。なんか若干、プルプルと震えている?  父さんが母さんに声を掛けると、母さんが震える声で…… 「あ、足っ……! つったからっ……ちょい、タンマ!」 「え……」  ええ~!!? 「準備体操……してなかったからっ……」 「かあさん……」  プールに飛び込んだところまではすげぇ綺麗だったのにっ……!  プールを使用する時は、準備体操をしっかりしましょう。  炬家との約束だぞ!  おしまい!

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