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ラン君の憂うつ 1

 俺は蘭(あらき)。中学三年生。ごくごく普通のどこにでもいる男子だ。親しい人間からはランと呼ばれている。  腐れ縁の幼なじみ、炬椿木が風邪で学校を休んだ為、同じクラスの俺が授業内で配られたプリントを持って行きがてら見舞いをすることになった。ホントはあいつが学校に来た時にでも先生から受け取ればいいんだけど、炬家にいるある人物に無性に会いたくなって俺から申し出た。  それは…… 「ラン!? うわ~久しぶり! 元気してたか?」 「うん。元気元気。おひさ、白兄」 「嬉しいなぁ! 受験シーズンだからなかなか来られないって椿木が言ってて、少し寂しかったんだよ。上がって~」  全面真っ白髪の毛を持つ男の人、白兄こと椿木の母ちゃん(♂)。家庭環境が複雑な俺に、一歩も後ずさることなく我が子同様に受け入れてくれた数少ない人間の一人。  俺にとって白兄は兄貴のような存在の人。実際、見た目が超若い。もうチビじゃねえし、人恋しいなんて口が裂けても言えないけど。  それでも。 「俺も白兄に会いたかったよ」  俺はこの人が好きだ。あ、兄貴としてね。  昔から喜怒哀楽が乏しくてダウナーと言われるテンションで、けれど精一杯の笑みをその顔に浮かべてみせると、白兄は家の中へと通してくれた。白兄、髪伸びたなぁ。肩下までの後ろ髪を1つに括ってポニーテールにしていた。夏が過ぎたからかな。  そんなことを思いながら、ガサッと中身のあるビニール袋を忘れないうちに手渡す。 「これスポドリ。それから椿木の好きなグミ。差し入れ」 「コンビニで買ってきてくれたの? わざわざありがとな~。そうだ、頂き物のバウムクーヘンがあるから食ってって。てか、俺も食うから一緒に食べようぜ」  白兄が左手を差し出して俺からビニール袋を受け取る。その時、白兄の薬指にそれまで目にしたことのない銀色の輪っかが飛び込んだ。 「それ……」 「ん?」 「壱パパさんから貰ったの?」  左手につける指輪なんて、一つしかないだろう。俺が尋ねると、白兄が自分の手を翳しながら答えてくれた。 「そうなんだよ。ずっと前に買ってたらしくて……ようやく受け取ったんだ。シルバーでカッコいいだろ?」  変わったデザインのそれは、紛れもない結婚指輪。へ~。壱パパさんてすげぇクールだし、なに考えてんのかよくわかんねえ人だけど、こういうことはちゃんとしてんだな。  でもこれ…… 「白兄、たぶんこの指輪、プラチナだよ。加工されてツヤ消しされてるけど……」 「え、マジか。シルバーだと思って風呂の時とかいちいち外してたわ」 「壱パパさんが白兄に安物渡すわけないでしょ……でも、ダイヤは入ってないんだね」  男物ならそんなもんか。白兄なら外側にダイヤが散りばめられた物を好むとは思えないし。 「それがさ、内側に入ってるんだよ、ダイヤ。あとルビーとエメラルド。すげえ小さいのが三つも」 「……壱パパさんって誕生日、四月だっけ?」 「えーと……ああ、そうそう。四月だ、四月」  白兄が旦那さんの誕生日をうろ覚えだったのは突っ込まないことにしとく。 「じゃあ、多分誕生石だよ。ルビーが椿木で、エメラルドが月兄じゃない?」  七月生まれが椿木で、五月生まれが月草こと月兄。オプションでそういうのを付けてくれるとこがあるって聞くし、たぶんそうなんだろう。  白兄の指輪に壱パパさんの誕生石が入っているなら、きっと壱パパさんの指輪の方に白兄の誕生石が入ってるんだろう。白兄は十二月だからタンザナイト、ターコイズあたりか?  俺の推察に白兄は「ほ~」と感心した口振り。勉強出来るし頭は良いはずなのに、こういうことには疎いんだよなこの人。 「白ママ~……喉いた~い……!」 「椿木。おっす」 「えっ、ラン!? なんでここに……ケホケホ!」 「見舞いに来てくれたんだよ。ほら、フラフラしてないで寝る!」  フラフラとゾンビのように母ちゃんを探す椿木も、俺の姿にビックリしていた。まさか見舞いに俺が来るとは思わなかったんだろう。  白兄に促されてトボトボと部屋へと戻っていく椿木。その前にプリント類を渡すと喉が痛いせいなのかすげえ大人しくそれを受け取った。 「グミ、白兄に渡しといたから喉が痛くなくなったら食えよ」 「ラン~!」  抱き締められたけど、あんまり嬉しくない。俺もホモだけど、恋人が別にいるし。 「ラン~、こっちおいで~」 「ほら、白兄が呼んでるからお前は寝てろよ。また来るから」 「うん……でも、白ママに手を出したらランでも許さないから! ゲホゲホ!」 「頼むから俺に移すの止めてくんない?」

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