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ラン君の憂うつ 2

 リビングへ入ると、犬のわたがしと猫のまんじゅうが俺の下に来て足にすり寄ってきた。 「おひさ。俺のこと覚えてたか?」 「ワン!」 「ニャア」  しばらく間が空いたからな。二匹に忘れられてないようでホッとする。  ローテーブル前に行くと、白兄がバカでけぇバウムクーヘンを切って小皿に盛り付けてくれていた。  うん。切っても一人分がでけぇ。小皿からはみ出てるし、分厚い辞書みたいだ。 「いま、紅茶持ってくるから。ランはストレートが好きだよな?」 「うん」 「おーし、待ってろ」  俺の頭を撫でて白兄はお茶の用意を始める。こんなに大きくなったのに、白兄に頭を撫でられるとすげぇ嬉しい。まだまだ脳がお子様なんかな。  ソファに座るとまんじゅうが俺の膝の上に乗り、そのまま小さく体を丸めた。実はまんじゅうにすげぇ懐かれてる俺。月兄、椿木と並べば真っ先に俺のとこに来るもん。寂しい思いをさせてたかな。真っ白い背中を毛に沿って撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。ウチは猫が飼えねえからな……超癒される。あ、わたがしも好きだぞ。 「月兄は部屋?」 「ううん。まだ学校。進学校だから宿題が多くてヒイヒイしてるみたい。放課後は菖蒲君に勉強を見てもらってるんだよ」  菖蒲……ああ、月兄の友達の。高校に進学すると変わるもんなんだろうか? いや、月兄の場合は自分の学力よりちょい上のところ目指した結果かな。俺は進学すんなら無難なとこに行きたいよ。  最近、毎日が憂うつだ。何が? って聞かれると、たぶん何もかもが。彼氏には話せない。秘密にしたいことがあるわけじゃなく、単に話したくないだけ。あの人には、自分の醜いところを見られたくないからかもしんない。純粋な人だから、汚したくないのかも。  だからかな、白兄に会いたくなったのは。白兄が純粋じゃないとか、この人なら汚してもいいとか、そう思ってるんじゃなくて。  なんつうか、彼氏が溜まった膿を吸い出すタイプなら、白兄は溜まった膿を抜いて濯いでくれるタイプ? 見た目が白いからかな。  それに俺がボケーっとしてても白兄には何でもお見通しなんだよね。 「それで、今回のお悩みは? 椿木も寝込んでるし、ゆっくり聞いてあげられるぞ」  ほらね。  紅茶が出来上がると、白兄がカップを持ってこちらへ戻ってくる。俺と自分の分を用意して、白兄はバウムクーヘンを盛った皿を手にして俺の隣に座った。  俺はまんじゅうの背中を撫でながら、頭の中を整理して言葉を選ぶ。冷静だなってよく言われるけれど、人の顔色ばっか見て育ってきただけで中身はガキもまだガキ。いざ話そうとするとベラベラ言えないもんだ。  とりあえず、事のあらましから。 「俺の親、最近再婚したんだけど……あ、三回目ね」 「もぐもぐ……ふんふん」 「再婚相手の息子が俺より年上で……まあ、義理の兄貴になったのね。そいつが俺と同じホモでヤリチンでちょっと問題児。親が結構、手を焼いてる」 「もぐもぐ……あらま」 「俺は弟だし、そいつのストライクゾーンから外れてるみたいだからそういった被害は何もない。平和なもんだよ。でも、俺と一緒にいる椿木が……」 「もぐ……ああ、目をつけられちゃったのか」 「そう。それもあってあんまりここに来ないようにしてた。ごめん」  まだ家族になって間もないし、はっきりとこういう人間だって断言出来るわけじゃない。単にエロ脳でヤリチンなだけだと思う。でも、そいつが前にボソリと「椿木を犯してえ」と言ったもんだから……  どっちが大切かっていったら、最近兄弟になった兄貴じゃなくて昔からつるんでいる椿木だ。  だからって、俺があのヤリチン兄貴を制御出来るかっていったらそれも自信ないわけで。  ここ数日は受験に加えてエロ兄貴のことで、大して良くもないオツムをグルグルさせていた。  言いたいことを言い終えると、白兄がフッと笑みを浮かべてから、俺の頭に手を乗せた。 「椿木を心配してくれてありがとな」 「……ん」  ちょっと照れくさい……でも、嬉しい。こんなとこ、椿木に見られたら激昂もんだけど。 「まだあいつに手を出されてないみたいだけど、時間の問題かもしんない。椿木がかなりタイプみたいだから、あの手この手で手に入れようとするかも……だからさ」 「なるほどね……」  皆まで言うな、ということだろう。白兄が一つ頷いた。 「そっちのにーちゃんの身が危ないってわけだ」 「そういうこと」  椿木は可愛い。でもそれは見た目だけの話だ。中身はそれに反して全っ然可愛くない。むしろ凶暴。チビだからってのを理由にあの手この手を使いやがる感じかな。そうなっちゃうのも、わからんでもないけど。  良い意味でも悪い意味でも、あいつはその見た目で好奇の目に晒されてきたから。椿木なりに強くならざるを得なかったんだよね。  ただ、一個上の月兄が手を焼いてるし、大好きな白兄にも頭下げさせることになるから、丸くなったっちゃ丸くなったけど。あのエロ兄貴がちょっかいかけることによって、椿木を犯罪者にさせたくねえんだよな……。  そんな心配をしていると、バカでけえバウムクーヘン一人分を平らげた白兄が、ペロリと唇を舐めて俺に笑った。 「そういう理由なら、遠慮することないさ。今まで通り、ウチにおいで。なんなら、そのにーちゃんもここに来ちゃえばいい」 「いいの?」 「椿木はあの見た目だからそのにーちゃんじゃなくとも人を寄せちゃうしね。その分一人での行動はなるべくさせないようにしてるし、ありがたいことに友達も多くて学校の子達があの子を一人にさせねえの。それにこの家に上がっちゃえば俺や露草も顔を知ることになるし、椿木もそのにーちゃんも、お互いに無茶なことはしないだろ」 「友達っつうか取り巻きだけど……うん。確かに」  あのエロ兄貴がここに来られるかどうかはさておき、面が割れれば少なくとも椿木が無茶することは避けられるかな。  白兄と話してたら胸の辺りがすっとしてきた。そうだよな。椿木ももう分別つかない子供じゃないんだし、エロ兄貴もそこまで馬鹿じゃないだろ……たぶん。  たぶん。 「それにほら、ウチって俺以外みーんな顔がいいからこういうトラブルも今に始まったことじゃねえし。大丈夫、大丈夫」 「……うーん」  そういう白兄が一番、人目を引くんだけどな……いいや、俺もバウムクーヘン食お。  そうして俺がバウムクーヘンを食い始めた頃、白兄の携帯に着信が入った。白兄がディスプレイを確認すると、「ん?」と怪訝な顔になった。 「どうかした?」 「いや、菖蒲君から電話で……珍しい。何かあったんかな? とりあえず出てみるわ……もしもーし。どうした、菖蒲く……え? 露草が絡まれてる?」

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