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三 ③
その後、陽も傾いた頃海から山に帰ってきた一同は、一旦其々の家に荷物を置いてからマイ懐中電灯を持って涼の家に集まった。
当初の予定では、両親が旅行中の松山家でバーベキューの筈だった。それがまさか肝試しになろうとは。
松山家の居間に集まった一同の前に、何やら古びた書物を持って涼が現れた。本は随分埃を被っていて、捲るとパリパリと音がした。乱暴に扱うと崩れてしまいそうだ。
「これは地元の人間でも知ってる奴はほとんど居ないんだけど、実はうち、代々金門神社を守ってる家系なんだ。さっき話したじいさんってのは俺のじいちゃんの事な」
涼が本を慎重に捲りながら話す。
何やら一族に伝わる秘密のようだが、そう簡単に明かして良いのだろうか。
「まーじいちゃんは随分前に神社で死んじまって、親戚も居ないしオヤジもサラリーマン続けたいらしいし。金門神社は朽ちるに任せるってことになったわけ。じいちゃんから教えてもらう筈のこの本の読み方も教わらないうちにじいちゃん死んだし、守らなきゃいけないものが永久に秘密のまま葬られたって事」
言いながら涼は本の間からA4サイズ程の汚れた紙切れを引き抜いて広げる。テーブルの真ん中に差し出されたそれを覗き込むが、そこに書いてあるものが何を意味しているのか誰も解らない。
それは金門神社までの地図らしく、涼によれば代々松山家では男だけ物心ついた頃からその地図の読み方だけ叩き込まれるそうだ。女は本の読み方はおろか、その唯一の地図さえ見せてもらえず、行く事も叶わないそうな。神社の守りも男にしか許されなかったそうだ。
そう言われると、聖が言っていた「女が近付く場所じゃない」もあながち年寄りの作り話とも思えない。
「……それ、マジで行って大丈夫なわけ? 何かヤバそうなんだけど」
華が少し青ざめた顔で静かに言う。
しかし涼はあっけらかんと笑って一蹴した。
「大昔の朽ちかけた伝説だぜ? 今更何があるっての」
涼はポケットに地図とコンパスを押し込むと、意気揚々と立ち上がり青ざめて反対する──肝試しと聞いて目を輝かせていた聖さえ。女性陣を引っ張り玄関を飛び出した。
実は、涼程ではないが響も少なからずわくわくしていた。それは吊り橋効果を期待する高鳴りではなく、心の深い部分で待ちわびた沸き上がる気持ち。
その不思議な感覚も、肝試しへの期待と恐怖に霞むのだった。
この日は月が明るく、目的の入口までは懐中電灯なしで来る事が出来た。
涼が入口だと示した場所は、良くある車の退避場所だが、場所柄通る車も少なく、雑草に埋もれた三十センチ程の小さな鳥居が二つ並んでいるだけの広場だった。
「これってよくある立ちション防止の鳥居じゃないの?」
「女子が立ちションなんて言うんじゃありません」
華が懐中電灯で木製の腐れかけた鳥居を照らす。涼がピシャリと言いながら鳥居の間の茂みに入っていく。涼は早く来いと奥で叫んでいるが、正直こんな鬱蒼とした山の中に入りたくない。
毒蜘蛛とか毒蛇とか居そうじゃないか。
「おーい、早く来いってば。大丈夫虫とかそんなに居ないから」
そんなに、ね。
三人は溜め息をついて茂みに入る。女子二人の、何となく背中が怖いからと言う理由で響は最後尾を行く事になった。
外から見えていた木々や雑草の壁を掻き分け少し進むと、やがて僅かに開けた獣道に出た。しかしその道も決して歩き易いとは言えず、うっかりすると本格的に遭難しかねない。
絶対に離れるなと言った涼は何を見ているのか、しきりにきょろきょろしながら進んでいく。
「ねぇ、この道ほんとに合ってんの?」
涼のすぐ後ろで懐中電灯を握り締める華が不安気に声を落とす。
「だいじょぶだいじょぶ、俺に任せなさい。もうちょいしたら見えてくる筈……ん?」
急に涼が足を止めたため、華は涼の背中に派手にぶつかった。文句をつけようと開いた華の口を涼が慌てて押さえる。
「ちょ、静かに」
静かにしゃがんで動かない二人を認めて、後ろに付いていた二人も隣にそっとしゃがみこむ。
涼が懐中電灯を消して指し示した先を見ると、遠くに石灯籠が見える。何の変哲もない石灯籠だが、問題は。
「火が入ってる」
「何で? 今は誰も居ないんでしょ?」
「その筈なんだけど」
曰くその石灯籠は神社が近い事と、その方角を示すものらしいが、毎晩それに火を入れるのも守りの者の仕事であるらしい。
ここまで来て引き返すのも勿体無い、何かあるなら確かめてやると息巻いてざくざく進む涼に、誰も帰ろうとは言えなかった。
最も聖に関しては山に入ってから一言も話さない。
一同は黙々と涼に着いて行き、間も無く半分巨木にのまれた鳥居が見えてきた。
鳥居から続く参道の石灯籠にも火が入れられていて、手水の側には篝火の炎も揺らめいている。社務所と思われる建物も明かりが点り、明らかに人の気配がする。
皆懐中電灯を消して、そろりそろりと参道を歩く。
涼が言ったように神社はあちこち巨木にのまれており、本殿が辛うじてのまれず残っているだけで敷地のほとんどが山に埋もれている。
ふと響が列から外れ、手水に向かう。
「おいおい、律儀だな」
響は手水で手と口を清める。
ただでさえ肝試しと言う不謹慎な遊びをしに来ているのだ。最低限の礼儀は守りたい。
正直こんな気味悪い神社の水なんて触れたくもないが、響の言葉を聞くと自分達が酷く無礼に感じ、女性陣が響に倣っておずおずと柄杓を手に取った。篝火の炎をぬらりと反射する水を汲んだ時、背中に怒声を浴びせられ二人して柄杓を落とした。
「そこで何をしとる!」
四人が恐る恐る振り向くと、そこには漆黒の袴に身を包み、鋭い槍を構える老人が居た。槍の先が月明かりと篝火の炎に照らされ鈍く光る。
女性陣が叫び声を上げるより早く、懐中電灯を落とした涼が叫んだ。
「じ、じいちゃん!?」
それを聞いた老人は槍をゆるりと立て、涼をまじまじと観察する。
「……涼か? おお! しばらく見ぬ間に大きくなったのう!」
「い、い、いやいやいや、じいちゃん死んだだろ!?」
「何を言っとる! こうしてピンピンしとるわい。夢でも見とったんじゃないのか」
涼は老人を指差しあんぐり口を開いたまま目を白黒させている。
涼の祖父らしい黒ずくめの老人は、とにかく中に入れと、四人を社務所に連れた。
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