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三 ④

「全く、誰じゃい、人を死んだなどと。それより涼! お前は何故ここに来た!」  土間から上がってすぐの板間に案内され、熱いお茶が振る舞われた。祖父は土間に立ったまま涼を見据え、こんな時間に何故神社まで来たか問い詰める。 「何て言うかその、肝試し?」 「肝試しぃ!? ここをどこじゃと思うとる! よいか! ここはこの世とあの世を繋ぐ神聖な門じゃ。おいそれと立ち入ってはならん! 父親から聞いておらんのか! ……む、そう言えばまだあれの読み方を教えておらんかったか。全く、守りの者を何じゃと思うとる。肝試しなんぞのために守りの者の知識を使いおって!」  老人は身を寄せ合い縮こまる女性陣を指して更に声を荒げる。 「それもおなごを連れて来るとは何事じゃ! 若く、それも美しい娘を入れてはならん事くらい知っておろうが!」  息つく間もなく嵐のように涼を叱る老人に、涼は負けじと声を張り上げて割り入る。 「じいちゃん!」 「何じゃい! まだ話は終わっとらんぞ!」  涼は老人がまた説教を始める前に、響から預かっていた御守りを差し出した。 「む、それは?」 「この御守り、ここのだろ? 友達が持ってたやつなんだけど」  老人は御守りを手に取りじっくり観察する。 「お前、中を見たか?」 「いや、見てない」  老人は御守りを開き、中から小さな紙片を取り出す。小さく折り畳まれていたそれを広げ、また小さく折り畳んでそうっと御守りの中へ戻す。響の後ろで小さくなっている華と聖をじっと見た後、熱いお茶を啜る。 「お前も知っとろうが、ここへは誰も来られん。そんな場所で御守りを配る意味があるか。そもそもここはそう言う神社ではない。御守りなぞないわい」 「でもこれ、金門神社って刺繍があんじゃん」 「それは御守りではない。とにかく持ち主に返しておきなさい」 「御守りじゃないなら何なのさ」 「それは持ち主以外には教えられん」 「だってさ響。何か気持ち悪いなぁ」  言って御守りを響の方へ放る。受け取った響を見た老人がぎょっとして声を上げた。 「なんと! お前さんが持ち主か!?」 「はい、そうです」  老人は目を真ん丸にして響を穴が空く程全身を見る。ほう、ほう、と長い髭を撫でながら感心したような声で唸る。  何が何だか分からない響は居心地悪い思いで少し冷めたお茶を啜った。 「これ、涼や。お前はお嬢さん達を連れて奥に行っておれ。廊下を真っ直ぐ突き当たりの部屋じゃ。押し入れに布団も入っとる。今夜はここに泊まれ」  それを聞いた女性陣が口を開くと、老人とは思えない素早い動きで板の間に掛け上がり二人の口をきつく押さえた。 「お嬢さん達、我が身がかわいいならここでは声を出してはならん。涼、お前も一応は守りの者の血筋じゃ。しっかり守れよ」  老人の有無を言わせぬ剣幕に一同は息を飲み、涼は二人を連れてそろそろと奥の間へ向かった。 「さて、お前さんはこっちじゃ」  三人が奥に消えたのを確認すると、老人は響を連れて外に出た。  老人は鈴も賽銭箱もない本殿へ響を案内し、中へ入ると戸を閉め蝋燭に火を灯す。  何もない。  神社の事はよく知らない響だが普通は御神体とか、何かそう言うものが本殿には奉ってあるものではなかろうか。更に奥に続く木戸が一枚あるだけで、ここには座布団一枚さえない。老人が灯した蝋燭が二本あるだけだ。 「はてさて……確かにお前さんは美しいが、何故主上はお前さんをお選びになったんじゃろうな?」 「はい?」 「いや、いや、こっちの話じゃ。して、お前さんは何故それを持っていなさる?」  老人は響の持つ御守りを指す。もっとも御守りではないらしいが、ここは御守りと言う事にしておこう。 「これ、いつの間にかオレの鞄に入ってたんです。てっきり母がこの神社で買ってきたものだと」 「響殿とお呼びしてよろしいですかな?」 「へ?はぁ、どうぞ」  老人は響と二人になると、妙に丁寧な言動に変わった。涼に見せた剣幕はどこへやら、ごく優しい表情で響を見る。 「響殿はそれを誰かから受け取った筈ですが、覚えていなさらんかな?」  受け取った? 受け取った記憶は無い。だが老人は必ず受け取っている筈だと断言する。 「まぁ、いずれ思い出すでしょう。それについてはまた別の機会に話すとしますかな。さて、響殿は今夜ここに泊まってもらいます」 「え、皆と一緒じゃないんですか?」  こんな山奥の何もない部屋の中、蝋燭の明かりだけで一人で眠るなんて。冗談じゃない。 「これは決まりでしてな。なに、何も不安はありませぬよ。さて、儂は布団を持って参りますがね、外から鍵を掛けるので響殿は出られませぬぞ」 「ちょ、鍵って」  そそくさと立ち去る老人に慌てて追いすがるも、無情にも老人は振り返る事なく鍵が掛けられてしまった。  老人は布団を持ってくると言っていた。その時にでも抜け出すチャンスがあるかも知れない。  響は揺れる蝋燭の炎を睨んで、掌に包んだままの御守りをぐっと握り締めた。  この御守りのお陰でとんでもない事になってしまった。

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