その頃涼達は、薄暗い部屋に布団を敷き詰め、真夏だと言うのに頭まで布団を被って携帯を使い会話をしていた。 『あんたのじいさんめっちゃコワイんだけど』 『何あの真っ黒な着物！　趣味悪い～』 「文句言ってる割りにゃじいちゃんの言い付け守ってんじゃん」 　声を出すなと言われていない涼の話声だけ部屋に響く。華は忙しなく指を動かして画面を涼に見せる。生憎この神社には電波が届かないらしく、文章を打って送信、ではなく相手に画面を見せると言う方法しかとれない。 『だって声出したらマジで何か起こりそうでコワイんだもん。それにしても涼のおじいちゃん生きてたんだね。何で死んだなんて話になってたの』 　画面を見た涼は眉間に皺を寄せて唸る。 　祖父は確かに亡くなった。 　遺体も見たし骨も拾ったのだ。 　一度神社の守りに入れば二度と山を下りてはいけないというしきたりに倣って、祖父は一人でこの神社に住んでいた。唯一の安否確認は週に一度の電話だった。父が定期連絡を入れたが祖父は電話に出ず、心配した父と二人で神社を訪ねた時、祖父は境内で既に冷たくなっていた。涼が小学生の頃だった。 　まだ寒い時期で遺体の腐敗が進んでいなかったため、祖父の遺体を担いで山を降りた父の体から暫く消えなかった死臭もはっきり覚えている。 　だがあの老人は確かに祖父だ。 　一体何がどうなっているのか分からないが、華と聖には黙っていた方がいいだろう。お化けだなんだと騒ぎ出しかねない。 「おい、涼や」 　ノックどころか足音一つ立てず現れた老人に、華と聖は内蔵が飛び出す勢いで驚き、二人共布団にくるまってがたがた震え出してしまった。 「じいちゃん、驚かせないでよ」 「何じゃ、ちゃんと言い付けを守っておるようじゃの、感心、感心」 　言いながら老人は二人の布団を引き剥がす。掌で口を押さえ必死で悲鳴を堪える姿は憐れだ。 「さて、これから響殿の食事を作るんじゃが、お前さんらにも手伝って貰おう。手伝ってくれれば食わせてやるぞい」 　食事と聞いた三人が顔を見合わせると、示し合わせたように三人の腹の虫が合唱した。老人はかっかと笑い、三人を炊事場へ案内した。 「儂は裏の畑で野菜を取って来る。お前さんらは米を炊いて昆布出汁を用意しておいておくれ」 　簡単に炊事場の説明をしてから、老人は篭を持ってさっさと裏の畑に消えた。 　涼が早速米びつから米をはかる横で、女性陣はかまどを見詰めて呆然と立ち尽くしていた。 「ひょっとして、お前らかまど使えない？」 　使えるわけないでしょうが！　いくら田舎だっつっても電気くらい通ってんのよ！ 　華は地団駄を踏みながら口をパクパク動かす。涼はその様子を見てげらげら笑った後、ひいひい腹をさすりながら薪をかまどに押し込む。 「俺火起こすから、どっちか米といで。一人は鍋に水入れて昆布突っ込んどいて」 　涼はてきぱきと二人に指示を出す。二人は困惑したまま指示に従い華は涼がはかり終えた米をとぐ。 「なんだこりゃ、随分湿気てんな……」 　無事に涼が火を起こし、華が浸けておいた米を火に掛ける。かまどに付きっきりで火加減を調整しながら鍋の音に集中する。しばらくすると火を起こしていない隣のかまどへ鍋を移動させ、昆布を浸けておいた鍋を火に掛けた。 　丁度良いタイミングで老人が野菜を篭いっぱいに戻ってきて、またもてきぱきと野菜を洗い、女性陣に次々指示する。 「なんじゃ、お嬢さんらは料理も出来んのかね」 　こっちからすると何で涼がそんなに出来るか不思議だっつうの！ 　華は苛々しながら慣れない包丁でキャベツをきざむ。 「俺は将来ここで自給自足って話だったから英才教育受けてたかんなぁ」 　言われてみれば、涼は昔から料理が上手かった。キャンプだって飯盒だってお手のものだったのはそう言うわけだったのか。 　思いながら華は歯軋りしながら、大きすぎると指摘されたキャベツを更にきざんだ。 「あれ、じいちゃん響から聞いたん？」 「何をじゃい」 「あいつ無農薬野菜しか食えないって」 「そんなもん聞かんわい」 「じゃ何で知ってんの？　ああ、ここには野菜しかないってだけか」 「何を言う。山で狩ってくれば猪も鹿も食えるぞ。響殿はあれの持ち主じゃろう。血を嫌い、肉を嫌い、大地のものしか口に出来んのは常識じゃわい」 　一体どこの世界の常識なんだ、それは。 　言い掛けた涼だったが、自分で狩って解体しなければ肉が食えないと言う事実に頭がぐらぐらした。