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四 ③

 分かった事と言えば、松山老人の態度ぐらい。  松山老人は守りの者の仕事として、女には厳しく接してあの人から隠し、響は手形を持つ巫女だったから丁寧な態度だった、と言うところか。  そう言えば松山老人も、響が巫女である事が疑問だったようだ。何故お前さんを? と最初に言っていた気がする。あれはやはり響が男だからだろうか? 「ああもう! 頭はこんがらがるしお腹は空いたし! 聖! 肉食い行くよ!」 「おうよ! 松山は大河君一人じゃかわいそうだから一緒に野菜食べたげなさい」  テーブルを一つ叩き華が顎でしゃくって聖に言う。自覚があるのかないのか、聖は最早ぶりっ子もせず鼻息荒く華について出ていった。 「響よ、女はこええな」 「同感」  どちらにせよ一度涼と二人で話したいと思っていた響にとって、それは好都合だった。どうやら涼もそう思っていたらしく、二人が抜けると急に神妙な面持ちで重い息を落とした。 「あのさぁ、あいつらには言い難かったから黙ってたんだけど」  涼は自分の祖父が亡くなった時の経緯を話した。  絶対にあれは夢じゃなかった、祖父は既に亡くなっている。何なら父に聞いてみてもいいと。 「お爺さん、松山って言うんだってさ」 「やっぱりじいちゃんだよなぁ……どう言う事?」 「オレに聞くなよ。オレだって昨夜いっぺんに色々あって訳わかんないんだから」  未だに昨夜の事に実感がなく、ふわふわとどこか他人事のように感じるのは頭がついていかないせいだろう。 「オレさ、お爺さんに今度一人で神社に来るよう言われたんだ。絶対一人で来いって。どう思う?」 「遭難するに決まってんだろ」 「この御守り……手形か? があれば迷わないんだってさ」 「んなわけないだろー」  言いながら涼は手形の皺を伸ばす。何か気味が悪いし、やめておいた方がいいと言う。もっともだ。  疑問は多々残るが、必ず行かなければ何かあると言うわけでもない。今度の事は忘れて、日常に戻った方がいいだろう…… 「あ、そう言えば」  響は電話の横に置いてあるメモ用紙とペンを取る。 「オレさっきの呪文みたいの言ってて違和感あったんだけどさ。金門神社ってこう書くよな?」  すらすらとメモ用紙に”金門”と書く。 「オレが知ってる、知ってるってのも何か変だけど。字はこれなんだ。どっちが正しいの?」  その下に”禁門”と書く。  それを見て、涼は腕を組んで唸る。 「実際のところ、本は読めないし、お前も見ただろうけど鳥居の字も掠れてる。どっちが正しいかはじいちゃんしか知らないと思うぜ。あとその手形も」  皺を伸ばした手形を響に返す。  そうだ、手形なら正しい字が書いてある。しかし、手形は響が強く握っていたせいか、神社の名前を縫っていた刺繍がほどけて判然としない。もう、金門だった気がすると言う頼りない記憶しかない。 「でも多分、響が言う方が正しいんじゃね。だからやっぱ神社にはもう行かない方が良いと思うぞ」 「へ?何でだよ」 「禁門ってのは、なんだっけ、王様か何かの家の門みたいなやつだって、昔じいちゃんから聞いた事がある。ただの人間が通れる門じゃねぇ」 「お前馬鹿なのにそう言う分野は詳しいんだな」 「いやぁ誉めるなよ!」  馬鹿にしたんだけれど。 「あの世とこの世を繋ぐ禁門、何かヤバイにおいがプンプンする。それに響、あの中で誰と会話したんだ? 空閑ちゃんが見たっつー幽霊なんだろ? ひょっとするとじいちゃん、常世の住人なんじゃねぇか?」 「……鋭いな。ただの馬鹿じゃなかったんだなぁ」 「茶化すなよ。そんなヤバイ場所、一人で絶対行くなよ。もしどうしても行くんだったら俺も一緒に行くかんな」  涼は響の手をぐっと握り、強い目で響の瞳を見つめた。  何て頼もしいんだ涼。  格好いいぞ涼。 「こ、こう言う事は空閑にでもしてやれよ」 「おお! そうだな! ひょっとして俺に惚れちゃうかも!? あ、でも空閑ちゃん俺が守らなくても一人で生きて行けそうだよなぁ~」  聖の豹変を記憶から排除したわけではなかったらしい。あれを見てもまだ好きだと言うんだから、これは本物かも知れない。  涼は畳に寝転がり、天井をぼんやり眺め た。響もその横に寝転がり同じように天井を眺める。 「何か大冒険だったな~」 「そうだなぁ」  それから四人の中で、この日の話は決してしないと暗黙の了解が出来た。決して他人にも身内にも話さず、四人集まった時も話題にしない、と。  もし何かのきっかけで神社へ行ったなんて話が広まれば、こっぴどい叱責が待っている。  響も神社には近づかず、手形も机の奥にしまいこんでごく普通の夏休みを過ごした。はじめは酷く気になったものだが、四人であちこち騒ぎ遊んでいるうちに少しずつ忘れていった。  もうすぐ新学期も始まる。新学期が始まればただの不思議な思い出に変わってしまうだろう。それも過ぎれば、いずれ夢か現か曖昧になっていく。  そう思いながら眠りにつこうと目を閉じた。

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