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五 ③

 ──こちらは常世の禁門。大きな鳥居に似た門柱の間に固く閉ざされた扉は、内外、両側に三つ頭の獣の彫刻。門の外は黒衣の門番、内側では白衣の門番がそれぞれ二人づつ、仁王立ちにして休む事なく門を守っている。  その内側。門のすぐ隣、崖の岩肌を削った小さな祠。中へ入れば狭い戸を潜り下へ下へと降りる。人一人やっと通れる広さの階段はヒヤリとしていて薄暗い。  将極は手燭を高く掲げ奥へ進む。今度は広い戸を潜れば、そこは狭く簡素な板間の部屋。壁さえも岩を削り整えただけで、装飾もない。小さな卓と長椅子があるだけで、後は長椅子の後ろにまだ新しい小さな木戸があるのみ。将極は手燭を置いて卓に茶器を並べ、茶を淹れる間床に散乱した書物を片付ける。  長椅子で煙草をふかすその人に茶を差し出す。 「今夜もおいでになりませんか」  その人はぽんと手を叩き灰を落とし、長い煙管を卓に置く。熱い茶をすすり、ちらと背後の木戸を見る。 「そのようだ。まぁまだあれから十日程だ。そう頻繁にも来れんだろう」  そうは言うものの、残念そうに溜め息を落とす。 「しかしどうした? お前が直接来るのも珍しい」  その人がこの洞穴のような部屋で一人過ごす間、時折茶や書物、希に急な仕事を持って下女や文官が訪れる。  一応は宰相である将極が直接訪れるのは珍しい事だ。 「はい。例の、主上の昔の名がわかりましたので急ぎお知らせしたく」  将極は懐から一枚の古い紙を取り出す。それは古い書物から脱落した頁の一枚だとか。 「書庫の一番奥にあったそうです。殆ど崩れており、唯一それだけが判然するものでした」 「ふむ……確かに、これがそうのようだな。して、これは何と読む?」 「それが……誰一人存じ上げず。主上がお考えになればいかがかと」 「そうか……そうだな……こう……こうりゅう、はどうだろう?」  その人は紙に記された自身の名とおぼしきその文字を指でなぞりながら、誰も知らないその読み方を考えてみる。 「主上にぴったりかと……おや?」  卓に置かれた燭台に灯されないままさしてある二本の蝋燭に、ぽっと火が勝手に点る。 「今夜も来ないと諦めておったのに。これは丁度良い。早速私の名を教えてやろう」  その人は紙を将極に渡し、顔を隠すための冠を被っていそいそと木戸へ向かう。かたりと鍵を外し、木戸を開けば濃い闇が広がり、それに飲み込まれるようにその人は消えた。    思えばこの部屋を使うのも幾年振りか。  響に手形を渡したと聞いて、百年以上放置されていたこの部屋を大急ぎで掃除させた。九年前に現世で松山老人が建てかえた木戸だけが酷く浮いていた。  手形を渡してからと言うもの、その人は毎夜ここで過ごすようになった。  昔はここで下女が寝泊まりし、蝋燭が点ればすぐに知らせるというものだったが、今回は自分で待たないと気が済まないらしい。  それほどまでにあの少年が気に入ったのか。以前水鏡に映された少年が倒れている姿を見た時には、無理矢理こちらに魂を引っ張ってきて治療させた。  案の定仕事を放り出したその人を探し回って大騒ぎしたものだ。  将極は長椅子に座り、その人の戻りを待った。

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