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五 ⑦

 翌週末は神社へは行かず、またも家に押し掛けてきた涼と遊んで過ごした。  また煌隆が待っているのではないかと気が気じゃなかったが、どうしても涼と一緒に神社へ行く事に踏ん切りがつかない。そうこうしているうちに一月経とうとしていた。  この日、早めに登校した響は、机に鞄を置いて携帯を取り出す。メールを打って鞄を置いたまま教室を出た。  向かった先は屋上で、鎖で施錠してあるダイヤル錠を外す。屋上は立ち入り禁止になっているが、生徒の間で錠の外し方が代々受け継がれていて、ナンバーが変わっても簡単に外す事が出来る。  屋上で秋の気配がする風を浴びていると、鉄の扉が開いて女子生徒がきょろきょろ顔を出す。 「海岡、こっち」 「大河。何よこんな朝早く」  響からのメールで屋上に呼び出された華は、遅刻を気にして文句を言う。 「遅刻なんて気にしてんだ、意外」 「そりゃあこっちはあんたみたく成績良くないからね。そこら辺で稼がないと」  響はジュースを渡し、床に座る。朝早くに呼び出したうえ遅刻までさせてしまうのだ、一応詫びもかねて屋上に上がる前に買っておいた。 「涼には聞かれたくなかったから。来るなって言っても絶対こっそりついて来るし」 「ああ……あいつ最近大河にべったりだもんね」  この一ヶ月、どこへ行くにも涼がついて離れない。登下校は勿論、トイレにも来るし、昼休みの運動もしなくなった。休日になれば朝早くに家に来る。  例の事があり、響が一人で神社へ行く事がないよう見張っているのだろうが、学校でも一時も離れない。 「まぁ、それは別に良いんだけど。ちょっと他に相談したい事があるんだ」 「あら、何でしょう。涼に聞かれたくないって事は、例の好きな子の事?」 「お察しの良い事で」 「何だって涼に内緒にしてんの?」 「まぁ色々あるんだよ」  響は自分用に買っていたミネラルウォーターのペットボトルをべこべこ鳴らす。そうまで秘密にしたいなら黙っておくと華は響の肩を叩き、話を促す。 「……何て言うか、よく分からなくて。そいつの事好きなのに、最近どうしても他の奴が気になるんだ」 「へぇ? 気になるって、好きになっちゃったって事?」 「それが分からなくて……オレは、前に海岡に話した奴の事は、付き合ったり出来なくても一緒に居られるだけで良いんだ。ただ近くに居て、幸せを見守ってるだけでいい。外の人と一緒になっても、それがそいつの幸せなら全然問題ない」 「欲がないねぇ」 「涼にも言われたよ。けどさ、最近気になってるその人ってのが全然違くて。滅多に会えないから声を聞くと嬉しいし、一緒に居る時間は楽しくて幸せで……胸が苦しくて、涙が出そうで、もう、堪らない。その人がオレ以外と一緒になるなんて、考えられない……会いたい……」  口にすると想いは次々溢れて止まらない。  ひょっとして会わない時間が長くなれば、この気持ちもなくなるんじゃないかと少し期待していた。けれどそれは全くの逆で、一日経つごとに想いは濃くなる一方。  待たせないうちに行くと約束したのに、どんどん日が開いてしまって、煌隆がどんな気持ちで一人待っているかと想像すると胸が張り裂けそう。今すぐにでも会いに行きたい。  響は最後に話した晩から毎日嵌めたままの指輪を指でなぞり、握りしめる。 「それって、完全にその人に恋してるじゃん。その人は大河の事どう思ってんの?」 「多分、こうりゅ……その人もオレを好きなんだと思う」  うっかり名前を溢してしまいそうになり寸でで訂正する。あまり人の名前らしくないから華は気に留めなかったようだ。  煌隆の、温かく優しい手。響と話せるのを楽しみに待っていたと怒った様子。名残惜しそうに何度も振り返った後ろ姿。  いつも愛しそうに、響を呼ぶ声。 「それじゃあそっちの人と一緒になった方がいいじゃん。ねぇ大河、恋って苦しいもんだよ。先に言ったみたいに達観してんのもひとつの形だと思うけど、普通はそうやって、会いたい、声が聞きたい、相手に触れたいって、胸が苦しくなるもんだよ。あたしだってそう、どうでもよさそうな顔してるけど、胸の中じゃいつも涼の事想って、苦しんでるんだよ」 「……そっか。報われるといいな」 華はにかっと笑い、膝を叩いて立ち上がる。 「今日さ、学校終わったら一緒に占い行かない?」 「う、占い?」  さっきまで真面目な顔で良い事言うなと感心していたのに。突然占いときた。 「そう! すっごい当たるって有名な占いがあんの! 一回行ってみたかったんだー。一緒に行こうよ!」  そうして放課後、涼と聖を含めた四人で街まで来た。嫌がる響を無理矢理華は引っ張り、それに付いてきた涼。聖は自分も行きたいからと。 「聖は後ね。涼はそこで大人しく待ってなさい」  件の占い屋の前まで来て、涼は一人外に締め出された。ぶつぶつ文句を言っていたが、最後に響が頼むと苦笑すると、大人しくドアの横にしゃがみこんだ。  さて、中は怪しげな飾りの薄暗く狭いマンションの一室。中央の小さなテーブルには水晶玉。  数珠にパワーストーンに妙なドクロに。全体的に統一性がない。おまけに奥から出てきた初老の女性は何故か巫女装束。 「どのようなご相談でしょうか」 「あの、相性を見て欲しいんです」 「誰と誰でしょう?」 「彼と、今ここには居ないんですけど……」  華は響を占い師の前に押し出しながら説明をする。占い師は響を見ると驚いたように目を見開き、華に黙るよう手を翳す。聖は後で視るからと別室に案内され、華はテーブルから少し離れた同室の小さな椅子で一緒に話を聞く。  響は促されるまま占い師の向かいに座る。 「……正直驚いています。あなたのような人は初めて見ました」 「はぁ」  無理矢理連れて来られた響は胡散臭く思いながら占い師の顔を見る。  いかにも女の子が好きな占い。どうせありがちな事を大袈裟に言われ、誘導尋問されたうえ最後に何か買わされるだけだろう。 「あなたは神様と結婚する事が決まっています。もう体の半分以上あの世に繋がってしまっています」 「え……」 「ええ!? なにそれ!」  響が何か言うより早く、華が大声をあげた。 「こんなに濃い繋がりは初めて見ました。他に想う人が居るようですが、それは別の繋がりです。隆く煌く人……輝きが強すぎて視る事が出来ない……あなたを包む輝きも強すぎて、私にはあなたの姿が光の固まりのように見えます。幼い頃大病を患いましたね?」 「はい……」 「あなたはその時、その人に助けられましたね。それから繋がりが出来ているようです」  響は占い師の言葉を聞き、霧が晴れるように目の前がぱっと明るくなった。  そうか、そうだったのか。あの約束があったからこうして今でも生きていられるのか。  響は占い師の話を切り、所定の料金を置いて部屋から出た。  会いたい、今すぐ会いたい。 「涼、オレ今から神社に行く」  華と聖を置いて占い屋を後にした響は、帰路の途中で涼に告げた。 「いきなりだな」 「一回家に帰るから、涼も準備が出来たら先に山の入り口で待ってて」  それだけ言うと、響は走って家に急いだ。  早く、早く、日が暮れる前に神社に着きたい。

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