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九 ①

 響が常世で婚儀をしていた頃。  時の流れの違う現世では大分時間が過ぎていた。もう既に、響が姿を消してから現世では四日目の朝を迎えていた。 「ねぇ涼、大河のお母さんは葬儀出さないんだって?」  この日の昼休み、一人でもそもそ弁当を頬張っていた涼に、華が暗い影を落として話し掛けてきた。  そう、響はもう、現世では死んだ事になっていた。それを認めていないのは響の両親だけで、母親曰く、山で遭難した筈で、まだ行方不明なだけであって証拠が何も出ていないのだから葬儀は出さないとの事。  どう言った根回しがあったのか知らないが、警察にも学校にも、もう響は死んだものとして扱われていた。  だから響の机には、白い百合の花が活けてある。  事の真相を知っているのは涼唯一人。 「……あんた変だよ、親友の大河が死んじゃったってのに、けろっとして」  だらだら弁当を摘まむ涼に、華は続ける。  涼は響が常世に旅立った日から何度も響の母親に問い詰められていて、何も言葉を返せずあれ以来実家に帰っていない。実家に居れば響の母親が訪ねて来るものだから、半ば逃げるように学校と神社を往復している。 「……響は死んだんじゃねぇからな」 「……ねぇ、あんま言いたくなかったけど、あの神社が関係してるんじゃないの?」  華は声を潜めて二人だけに分かる調子で続ける。 「関係ねーよ、響は行方不明なだけで、死んだって決めつけるのはまだ早いだろ」  弁当を摘まみながらぶつぶつ言う涼を、華は不信な表情で見詰める。 「じゃあなんであんた探しに行かないの。大河のお父さんだって、仕事休んで朝から晩まで毎日あちこち探し回ってるのに」 「高校生のガキが一人加わったところで何も変わんねーだろ。おばさんが警察と消防説得してるから、そのうち動きがあるんじゃねーの」 「なにそれ。いい加減にしなよ」  箸を止めて見上げる涼を、華は睨みつける。 「嘘つくならもっとマシな嘘つきなよ。それ、マジで言ってるなら、本気で殴るよ」 「別に嘘なんかついてねーよ」 「散々あんたの事見てきたあたしが、間違うと思ってんの?」  涼は一つ息を吐いて、食べ掛けの弁当に蓋をした。華に教室を出るよう、顎でしゃくって廊下を指す。  無言で屋上へ向かい、鍵の様子から誰も屋上へ上がっていない事を確認する。後ろに着いて来た華を一瞥し、鎖に掛けられたダイヤル錠を外した。  屋上へ出れば、真っ直ぐ柵へ向かい、背凭れて空を仰ぐ。 「……響は別に、本当の意味で死んだわけじゃねーんだ」  背中を反らして空を仰ぐ涼を見守るだけで、華は何も言わない。  華からの返事は期待せず、涼は独り言のように続ける。実際、誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。それが戯言だと笑われても、涼一人の腹に仕舞っておくには重過ぎた。 「響はさ、神様と結婚する為に常世に旅立ったんだ。この目で見た。すっげー綺麗だったんだぜ……でもそれはさぁ、結局現世では死んじまったって事なんだ。響の母ちゃんに、あなたの息子は死にましたなんて、言えるわけねーだろ……おまけに死体も無いんだし、そんなお伽噺みたいな事、信じろって言う方がどうかしてんだろ」  涼は、華に一切合切を話した。  神社の事、松山老人の事、手形の事、巫女の事、それと、響がどんなに神様を愛していたかを。 「じゃあ最近、大河が気になってる人ってその神様だったわけ?」 「何だ、あいつ、華にはそんな事話してたんだ?」 「恋愛の相談されてたよ。あんたに内緒でね」  それもそうだ。何せ響が神社へ行く迄は涼の事を好きだったらしいんだから。本人に内緒にして当然だ。 「華さ、訳わかんねーとか、意味わかんねーとか思わねぇの?」 「それどっちも同じ意味だけど。……大河ってどこか、浮世離れしたトコあったから、逆に納得って言うか。前に占い屋さんに行った時も、大河は”神と結婚する運命”みたいな事言われてたよ」  華は涼の隣に来て、柵に肘を付いて同じく空を仰ぐ。 「あたしもさ、大河が死んじゃったなんて信じられなかったの。だって大河って”オレ明日死ぬんだよね”とか言い出しそうじゃない。黙って死ぬなんてらしくない」  確かに、違いない。  たまたまあの場に涼は同席していただけで、あの場に居なければきっと華と同じように感じただろう。 「それに大河が死んだって、あまりに周りが認めるのが早すぎるしさ。ねぇ、その常世に行った大河をこっちに呼ぶ事っって出来ないわけ? 神様はこっちに来れるんでしょ?」 「……そーだな。俺実際神様と話したし。つーか直接文句言ったし。神様が来れて響が来れないなんてねぇよなぁ」  罰当たり、と言って後退る華を見て思った。  あー、やっぱあれ神様なんだなぁ。

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