28 / 49

第三章・5

 振り向いて、返事をしようと思ったのだ。  だが、体がこわばって動かない。  喉が詰まって、声が出ない。  沈黙はわずかの間の事だったが、聡士がいぶかしく思うには充分な時間だった。 「どうした?」  藍はゆっくり振り向いた。  何も言わなかった。  口を開くと、何かとんでもない事を言い出しそうで怖かった。  ただ黙ってにこっと微笑み、手を少しだけ上げて、ひらひらっと振った。  そしてまたゆっくりと、階段を登り始めた。

ともだちにシェアしよう!