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 携帯を取り出した辰巳は、匡成に発信するとスピーカーに設定したそれをフレデリックの膝の上に置いた。少しだけ音割れした呼び出し音の後で、匡成の声が流れ出る。 『よう、一意か。どうした』 「別に用はねぇよ」 「匡成の声が聞きたくなってね」 『ははっ、フレッドは正直者だな。どうだそっちは、船旅ってのは愉しいもんかよ?』 「普通に旅行するよりかはいいな」  こうして三人で遣り取りをするのは久し振りの事だったが、何も変わりなく話が出来る事を嬉しく思う辰巳とフレデリックである。 「匡成の方はどうだい? 辰巳がいなくて不便をかけていないかい?」 『問題ねぇよ。なんならずっと帰ってこなくてもいいぞ一意』 「あぁん? いい歳こいて何言ってやがんだ」 『お前らに話して置かなきゃならねぇ事があってな』  話しておかなければならないと言いながらも、向こうから連絡をしてこない辺りが匡成らしいと苦笑を漏らす。 「なんだ」 『再婚すっからよ』 「はあ!?」 「嘘…」  いったいいつの間にだとか、相手は誰だとか、そんな事を聞くのも忘れて辰巳とフレデリックは顔を見合わせた。 『お前ら帰ってきたら仕事預けて旅行に行くから頼んだぞ』 「いや待て親父、再婚って聞いてねぇよ」 『言ってねぇからな』 「匡成、相手はいくつなんだい?」  喰い付くフレデリックに、回線の向こうで匡成が苦笑を漏らす気配が伝わってくる。 『フレッドおめぇ、一意に弟作れって魂胆だろう』 「当然じゃないか。僕は女じゃないからね、子供だけは産めないんだよ」  あっさりとフレデリックの質問の意味を看破して、匡成が笑う。だがしかし辰巳としては複雑な心境だった。 「まさか親父、そのために再婚すんじゃねぇだろうな?」 『あぁん? いいか一意、惚れた女がいっから結婚ってのはするもんだ。誰がお前のために再婚なんぞするかよめんどくせぇ』  ばっさり。というに相応しく、辰巳の心配は一刀両断された。しかも既に子供がいるというのだから匡成には恐れ入るフレデリックである。  ただのデキ婚じゃねぇかという辰巳の呟きは、幸い匡成には聞こえなかったようだ。 『まあ、どうせ本宅にゃ戻らねぇが、たまには面倒みろや”お兄ちゃん”』 「最高だ匡成、面倒くらいいくらでも僕がみるよ」  フランス滞在時に、跡継ぎに悩む辰巳に『匡成にもうひとり子供を作らせればいい』と言っていたくらいのフレデリックである。図らずもそれが現実となって喜ばない筈がなかった。  ともあれ再婚などという重大な事をさらりと言ってのけた匡成とは、フレデリックが数日後寄港する横浜で食事をする約束を取り付けた。その時に嫁も連れてくるというから楽しみなフレデリックだ。  賑やかな通話が終わっても、辰巳は呆然と携帯を見つめていた。 「辰巳? どうしたんだい?」 「あー…いや…なんか疲れた…」 「僕は疲れなんてどこかに行ってしまった気分だよ」  朗らかに笑うフレデリックに辰巳は呆れたように小さく肩を竦めて、その身をソファに横たえた。フレデリックの長い脚に頭を乗せる。 「しかしまぁ、あの親父が再婚ねぇ」 「だから言ったじゃないか、匡成は絶対モテる」 「つぅかただ単に避妊失敗しただけなんじゃねぇのか」 「僕は、匡成に限ってそれはないと思うけどな」  辰巳とフレデリックの会話は酷いものだが、この二人にかかると親の再婚話でもただのネタにしかならなかった。息子二人がそんな話題で盛り上がっているとは、匡成も思うまい。 「結局相手の年聞きそびれたな。つか誰なんだ相手」 「さあ? 横浜に連れてくるって言ってたけど、心当たりはないのかい?」 「あり過ぎてどれだか分かんねぇんだよ」  匡成のお相手は辰巳が知る限りでも数多い。CAからAV嬢までその幅も広ければ、本命など見当もつかない辰巳だ。 「でも匡成の家業を考えれば、家庭に入れる女性だろうね」 「まあそうだな、あの親父が子供の面倒なんぞ見る訳がねぇ」 「いやいや、意外とあれで子煩悩…」 「ねぇよ」  息子に言われてしまっては、黙るしかないフレデリックである。それでもめでたい事に変わりはないと、フレデリックは微笑みながら膝の上に乗った辰巳の頬に指先を辿らせた。傷痕を辿って、ふと匡成がこれを知らない事に思い当たる。 「しまった…」 「あん?」 「辰巳を傷物にしてしまった事を匡成に謝りそびれた!」 「阿呆か。んなもんどうでもいいわ」  報告を忘れてしまった事もさることながら、横浜で会えるという匡成の新しい奥さんが辰巳を怖がりはしないかと心配なフレデリックである。 「辰巳を怖がって破談になりはしないだろうか…」 「もうお前少し黙れ」  どうでもいい心配ばかりするフレデリックに、辰巳は上体を起こした。そのままフレデリックの腰を跨いで口付ける。背凭れに押し付けたフレデリックの口腔を辰巳が弄っていれば、嬉しそうな声が聞こえてきた。 「キミにこうして強請られるのは新鮮だね」 「お前がくだらねぇ事ばっかり言ってっからだろうが。そんな暇があんなら俺の相手しろ」  フレデリックの腕が、辰巳の首を引き寄せる。 「もっと僕を欲しがって…」  欲しがってと言うフレデリックの声が、強請るような響きを纏って辰巳の耳朶を刺激した。引き寄せられるままに唇を重ね合う。辰巳の武骨な指先がフレデリックのシャツのボタンに掛かった。  フレデリックのシャツをはだけさせた後で、辰巳は自身もシャツを脱ぐとついでのように下も脱ぎ捨てる。中途半端に服をはだけたフレデリックに再び跨って顔の前に胸を倒した。 「舐めろよフレッド」  背凭れに両腕をついて辰巳が愉しそうにフレデリックの躰を囲いこむ。フレデリックの両腕は、辰巳の膝に挟みこまれていた。目の前に差し出された胸の突起を、フレデリックの舌が辿る。押し潰し、吸い上げられて辰巳の口から吐息が漏れた。  辰巳は片手でフレデリックの前を寛げると、硬くなった屹立を取り出した。辰巳の大きな手が、二人分の雄芯をまとめて擦り上げる。くちくちと濡れた音がフレデリックの欲情をそそった。 「辰巳…んっ…ぁ、気持ち良い…」 「休んでんじゃねぇよ」  辰巳はフレデリックの動きを封じたまま、胸を口許に押し付ける。  いつになく積極的な辰巳にフレデリックは煽られた。身動きが取れないまま奉仕をさせられていると思うだけで、ゾクゾクしてしまうフレデリックである。今すぐにでも辰巳の躰を掻き抱きたい衝動を抑え込んで、フレデリックは与えられた小さなしこりを夢中で舐めた。  下肢から聞こえてくる水音が次第に激しさを増して、熱を吐き出したい欲求が高まる。辰巳の粗雑さが、逆にフレデリックに快感を与えていた。堪らず、フレデリックの手が辰巳の腰を掴む。 「あ…もう…っ、イク…ッ!!」  フレデリックの腹筋がぐっと引き締まり、辰巳の手の中に熱い体液が吐き出された。それでもなお萎える事のないフレデリックの屹立に白濁を絡め、辰巳が自ら後孔へとあてがう。  慣らしてもいない蕾を雄芯が割り開き、そのキツさにフレデリックは喉元を仰け反らせた。 「ッ…辰巳っ」  ゆっくりと、腰を落としきった辰巳が低く嗤う。 「欲しがるのは…お前だろ、フレッド」 「んっ…あ、動いて…もっと…ッ」 「我慢しろよ」  蠢く媚肉に雄芯を食まれてフレデリックの腰が揺れる。がむしゃらに突き上げたい衝動に駆られるフレデリックを見透かしたように、辰巳は緩慢な動きで雄芯をナカから引き出しては再び飲み込ませた。  ぬるく与えられる刺激に満足できずにいるフレデリックを辰巳が嘲笑う。 「我慢すんのが気持ち良いんだろ?」 「っふ……気持ち…良い…っぁ」 「動きたくて堪んねぇくせにな」  抜き出した雄芯を一気に最奥まで飲み込ませる辰巳の腰を掴んだまま、フレデリックが躰を震わせた。辰巳の言う通り、すぐさま引き出して中を抉れたのならどれ程に気持ち良いのかをフレデリックの躰は知り尽くしている。 「ああ…っ、辰巳ッ、我慢出来ない…」 「駄目だ。待ても出来ねぇ駄犬は要らねぇんだよ」 「うっ…あ、…ああ…もっと…」  フレデリックの手が腰から離れて辰巳の首へと伸ばされた。それはまるで強請るように。 「もっと何だ? 言ってみろ」 「んっ…もっと僕を罵って…っ」  辰巳は困ったような、呆れたような顔をして笑うと、フレデリックの耳元に顔を寄せて囁いた。 「罵ってとか衒いもなく言ってんじゃねぇよ変態」 「あ…ああっ、…もう…っ、キミにそんな事を言われたら僕は我慢出来ない!」 「駄犬が。さっさと腰振ってみせろおら」 「うっふ…、最高だ辰巳…ッ」  フレデリックの手が辰巳の躰を持ち上げる。膝の上の辰巳を見上げ、うっとりと微笑んだフレデリックはその手を思い切り引き下げた。雄芯を食んだナカの媚肉が歓喜に震えるように絡みついてフレデリックを喜ばせる。  何度も何度も抉る度に辰巳の嬌声が降ってくるのが耳に心地よかった。 「んあっ…アッ、フレ…ッド、…あッ」 「駄犬に犯される気分はどうだい辰巳?」 「良…いッ、…っぁ」  肩を掴む辰巳の爪がフレデリックの皮膚に潜り込む。その痛みさえも、今のフレデリックには気持ち良くて堪らなかった。歪んだ快楽に嵌っていく辰巳の姿が愛おしい。 「カズオキ…キミのナカに吐き出したくて堪らない…」 「アッ…はっ、…欲しいッ、奥に!」  最奥に熱い飛沫を注がれて、辰巳は満足そうにその表情を歪めた。惚れた男に欲情されるのは心地が良いと、そう思う。与えれば与えるだけ、フレデリックは辰巳を気持ち良くしてくれる。  他の誰でも満足など、できる筈もなかった。フレデリックになら、辰巳はすべてを曝け出せる。 「んあっ…ああ、フレッド…もっとッ、っぅ、お前が欲しい」 「いいね。もっと僕でいっぱいにしてあげるよ」   ◇   ◆   ◇  その日、『Queen of the Seas』は予定通りの時刻に横浜港へと入港した。  サウサンプトンを出航してからこれまで、各地に寄港していた『Queen of the Seas』だが、辰巳とフレデリックが寄港地に上陸するのはこれが初である。  船での生活が長いフレデリックと違って、辰巳にとってはまさしく上陸という感覚だった。そして、久し振りの日本の空気だ。  それまで乗っていた大きな船を見上げ、伸びをする。家でもないのに何故か我が家に帰ってきたような気分になって、辰巳はやはり故郷というのはあるものだとそんな事を思う。  匡成と会う約束をしている場所は中華街で、横浜港からそう遠くない。辰巳とフレデリックは歩いて行くからと迎えの車を断っていた。夕食時とあって賑やかな中華街を二人で並んで歩く。不意にフレデリックが思い出したように口を開いた。 「そう言えば、前にここでスリに遭ったね」 「あったなぁ。あれからもう随分経つな」 「あれで懲りたかな」 「さあな」  フランスに発つ前日、中華街で食事をした帰りに辰巳はスリに遭っていた。すぐさま気付いたフレデリックの手によりスリは捕獲され、辰巳の財布は事なきを得たのである。  そんな遣り取りを交わしながら待ち合わせの店に向っていると、細い路地から怒声が聞こえてきた。奇しくもそこは、以前フレデリックがスリを捕獲して連れ込んだ場所である。  思わず顔を見合わせて、辰巳とフレデリックは路地に足を踏み入れた。  人通りの多い通りからは死角になった路地裏に人影がある。どうやら二人いるようだが、一人がもう一人の胸ぐらを掴みあげていた。そう大きくはないが、怒りに満ちた声が辰巳とフレデリックの耳に聞こえてくる。 「テメェ人の財布スっといてすいませんじゃ済まねぇんだよ、ああ?」  辰巳にとても良く似た口調の声は、だが辰巳よりも若かった。路地を二人仲良く覗き込んでみれば、いつかの小柄なスリが高校生くらいの少年に釣り上げられているのが見えた。思わず顔を見合わせて笑ってしまう辰巳とフレデリックである。 「噂をすればってヤツか?」 「本当にねぇ」  これも何かの縁とばかりに、辰巳とフレデリックは路地の奥へと足を向けた。 「おう、久し振りじゃねぇかよ。まぁだスリなんてやってんのかお前。しかもまた取っ捕まってんのかよ。だせぇな」  愉しそうに声をかければ、スリの顔色がさっと変わるのが見て取れた。どうやら辰巳の事を覚えていたようである。まあ、辰巳とフレデリックのように目立つ外見をしていれば忘れようもなかっただろうが。  だが、辰巳に応えたのはスリを釣り上げた少年だった。口調の割に随分と可愛らしい顔をした少年である。身長も百八十センチに満たないくらいだろうか。 「なんだテメェ、おっさんはすっこんでろよ」 「おーおー、随分元気が良いな坊主。だが、気を付けろよ、そいつナイフ持ってんぞ」 「あぁん?」  振り向きながら後ろに飛んだ少年の頬を、鈍い光が掠めたのが辰巳とフレデリックには見えていた。奇しくも少年には、辰巳の傷痕と同じ右頬に、同じような傷がついている。  そう深くはなさそうな傷を手の甲で拭い、少年が足を一閃させた。見事な蹴りがガードする腕ごとスリの男に直撃する。辰巳の口から小さな口笛が漏れた。 「いつまでも見てんじゃねぇぞコラ。テメェも蹴り飛ばされてぇのか? ああ?」

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