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第2話
ヒラヒラのキラキラベッドなんか使えなくって、僕はいつも小さなソファで眠った。
ここにきて、1週間、ずっとそう。
僕には、このサイズがちょうどいい。
ガリガリだし。
理一郎は、そんな僕にベッドで寝るよう毎日のように言ってくる。
なんか、お母さんみたいだ。
でもさ、ソファの方が落ち着くんだよ、本当に。
あんな広いの、僕にはもったいない。
1週間たって、ようやく施設から僕の荷物が届いた。
小さなダンボール、一箱だけ。
我ながら、あまりの物持ちの少なさに笑ってしまった。
「この箱、なんですか?」
理一郎が包装された箱を指差した。
あぁ、これ.......。
「施設に入るとき、父からもらった最後のプレゼントです」
「.........ごめんなさい、立ち入ったこと聞いてしまって」
理一郎が、困った顔をして言った。
「そんな、センチになるようなものじゃないですよ。自分の父親ながら、最後のプレゼントに何故これを選んだのか、複雑な気持ちになりますから」
僕は包装をはがして、箱の中身を取り出した。
.......首輪。
すごくシンプルな、黒い首輪。
あの時、お父さんは「ミライを守るもの」って言ってくれたけど、僕は正直、ドン引きしたんだ。
なんで、家族写真とかじゃなくて、首輪なのかなって。
首輪を見たあの日。
オメガだって事実を叩きつけられた気がした。
そして、思ったんだ。
きっと、もう、僕は家族じゃなくなったんだって。
僕がオメガだから。
だから、切り離されたんだって確信した。
そういうもんなんだ、それが事実なんだって思って、それでも、僕はやっぱりドライで。
悲しいという感情もなければ、涙さえも出てこなかった。
だから、誰にも頼れない。
信じるのは、自分だけなんだ。
「なかなか、シュールな最後のプレゼントでしょ?」
「それは、ミライのお父様の最大の優しさですよ」
理一郎が僕を優しく抱き寄せた。
........優しさ、なんだろうか.......。
施設に毎月欠かさずくるお父さんからの手紙も、僕は読まずに捨てた。
そして、適当なことを書いて返信する。
いつか、この首輪も捨てようと思ってたのになぁ。
理一郎に、そういうことを言われると、捨てづらくなる。
.........ここにきて1週間。
理一郎に対して、まだまだ調子が狂うことばかりで。
オークションが遥か昔のことのように感じられて。
そして、檀の顔を思い出す。
このままで......このままで、いいんだろうか。
理一郎の穏やかな優しさに、甘えてしまっていいんだろうか。
本当に欲しかった自由と理一郎のあふれるような優しさの間で、僕は、グラグラ.......。
グラグラ、迷い始めていたんだ。
そんなぬるい生活を送っていた矢先、僕はとうとう発情期を迎えてしまった。
体が動かなくて、苦しい。
悔しいけど......どうすることもできずに、僕はただひたすら我慢した。
顔も体も火照ってきて、僕の中がウズウズしてくるから。
オメガの本能って、怖いな......って、そんな事実をまざまざと突きつけられた気がして......怖くなってしまったんだ。
だって、体が......それを欲してる......。
いやだ.....。
いやな感覚が蘇る。
僕の体の奥底には、〝ヒートのリハーサル〟の記憶が刻み込まれいて.......。
我慢はしていたけど、キツかったし、苦しかったし。
今、僕に起きている発情期に嫌悪感を抱いてしまうくらい。
オメガに産まれたことを、そして、施設に入れられたことを憎悪した。
嫌悪感を抱いたままの僕自身が.........イヤでイヤでたまらなくて。
そんな状況のまま、アルファに抱かれたくない。
さらに自分をいやになってしまいそうで......。
.......消えて、しまいたい。本当に。
ーコンコン。
『ミライさん、大丈夫ですか?』
理一郎が......ドアの外にいる。
オメガの本能は、理一郎を求めている。
でも、僕には今、理一郎に会いたくなかったし、理一郎に......理一郎に僕との宿命を背負わせたくなかったんだ。
『ミライさんが部屋から出てこなくなって、もう3日たちます.......心配です。俺を入れてください』
「だめ.......入らないで........」
『ミライさん!!』
「だめ!!入らないで!!」
ガチャーー。
「.......すごい、香り」
あんなに「だめ!」って言ったのに、なんではいってくるかな....理一郎は。
理一郎が僕にゆっくり近づいてくる。
見ないで......僕を.......見ないで。
僕は.......最低なんだ。
思わず、僕は理一郎に背を向けた。
僕の髪に優しく触れる感覚がして、それから、理一郎が僕の肩をそっと抱きしめた。
「理一郎.....さん、僕を見ないで......」
「どうして?こんなに苦しそうなのに?
ミライさんを......ほっとけないし。
俺も.......我慢がきかなくなりそう」
「.......僕は、最低なんだ。
.......施設で、ヒートのリハーサルをやってた.......。
その記憶が、今、僕の体の中で暴れていて.......すごく、痛い。
痛いのに、体は疼いて.......。
理一郎さんを求めてしまっていて........。
そんな僕が、僕は一番嫌いだ......。
一番嫌いな僕を見ないで.......」
その時、僕の体はソファから引き離されて、宙を浮いた。
理一郎が僕を抱き上げて、ゆっくりベッドに移動する。
もう......だめだ.......。
せめて、理一郎にだけは......嫌われたくない。
そう、本気で思ってしまった。
「ミライさん.......ミライ。
ミライの中にあるツラい記憶、俺が全部消してあげる......大丈夫。
ミライは、最低なんかじゃない......。
ミライは自分自身が嫌いでも、俺はミライのことが誰よりも好きだから.......。
大丈夫だから、俺に委ねて.......ミライ」
そういうと、理一郎は僕の唇に優しくキスをした。
初めて.....初めて、そんな言葉をもらった。
オメガとしてではなく、1人の人間として認めてもらったような言葉だったから.......。
嬉しくて、それでいて、切なくて。
僕は、理一郎から離れたくなくて、しがみついてしまったんだ。
アルファって......乱暴なんじゃないの?
.......痛いことをするんじゃないの?
どんな事にも慣れるため、どんな事も出来るため。
そう言って、園長たちは僕たちを乱暴に扱った。
殴ったりするのは当たり前。
縛ったり、気を失うくらいせめられたり.....。
なのに......。
理一郎は、あくまでも、優しく、紳士的で。
オメガの香りに当てられても、乱れることなく。
僕を優しく抱いてくれる。
園長たちの方が、野蛮だ.......。
理一郎が重ねた唇が優しくてあったかくて、絡む舌はとろけるくらい気持ちがいい。
僕は体を起こして理一郎の膝の上にのっかると、その首に手を回した。
理一郎と目が合って、その瞳に吸い込まれそうで。
理一郎に見惚れた僕に、理一郎は優しく笑って、また、優しいキスをする。
理一郎の唇はそのまま下にずれて、首筋から胸に移動して柔らかな舌が僕をなぞっていくから......初めての感覚にぞわぞわして、思わず、体をよじった。
理一郎の優しくて繊細な手が僕の中に入ってきて、感じるところを指で弾くから。
ヤバイ........って。
「......んっ......やぁ」
僕は、初めて。
心の底から感じて、よがってしまった。
ヒート、だからかな......。
それもある、それもあるけど......。
全然、違う.......リハーサルと称して無理矢理ヤられてたときと、全然違う。
苦痛だけしかなかったリハーサル。
泣き叫ぶ子が多かったリハーサル。
.......なんで、あんな目にあわなきゃいけなかったんだろう。
今、僕は、こんなにも感じて気持ちがいいのに。
あの施設にいたばっかりに.......理不尽だ。
苦しむあの子たちが、瞼の裏にちらついて。
悔しくて......涙が出てきた...,,.。
「泣かないで、ミライ」
「違う.....今がツラくて泣いてるんじゃない.......。施設の子たちを思い出して、檀がどこにいるのかわからなくて......。
今の僕はこんなに.......気持ちがいいのに。
あの子たちは、檀は、知らないから.......。
でも、助けてあげられない自分が歯がゆくて........悔しくて.......」
理一郎は僕を力を込めて抱きしめる。
「ミライは、いつもそう。
人のことで涙を流す。
少しくらい、自分のために泣いてほしいって、俺は思うよ」
.......自分の、ため?
理一郎の言葉に固まっていると。
ゆっくり、ゆっくりと。
僕の中に理一郎が入ってきた。
熱いくて......奥まで.........深く。
「っあぁ.....」
「ミライ、動くよ」
理一郎もキツイに違いない。
僕から発せられるオメガ特有の香りに当てられて......アルファなのに、必死でこらえて。
それでも、僕を傷つけないように.......我慢して、僕を優しく抱いて、僕を守ってる。
理一郎が動いて、僕の中を擦るたびに。
奥まで届くたびに。
体が感じて声があがるから、僕は思わず手で口を覆って、声を我慢したんだ。
その手を、理一郎は外して言った。
「我慢しないで、ミライ」
「.........理一郎」
そういうと理一郎は、さっきより激しく動き出す。
「ん!......あ.....あぁ」
無理に、故意に、気持ちいいフリなんてしなくても.......勝手に声が出る。
もう、我慢しなくていいんだ.......。
我慢することじゃないんだ。
「ミライ.....香りが、強くなってる.......」
「......ぁ.......ん...り、いち....ろ」
「......俺、限界かも」
「......り.....ぃ.......」
「噛みたい.........ミライ」
「........いい、か....んで......」
「ミライ.......」
理一郎が、僕を見つめて。
そしてそのあったかい唇を、そっと、うなじに近づけて.......。
次の瞬間には首筋に鋭い痛みが走った。
その痛みは、僕の全身を突き抜けて、電気が走ったみたいに体が反り返って、中が締まる。
「!!」
痛みと同時に今までにない気持ち良さが、僕の中で弾けて、全身に行き渡って.......。
深みにハマる.......理一郎に、ハマる。
それから僕は恥ずかしげもなく理一郎を求めて、かき乱されて......。
アルファは、乱暴で。
アルファは、怖くて。
生かすも殺すも、アルファ次第で。
僕はそんなことを、埋め込まれてきたのに。
理一郎は、優しくて........今までのどの人より、優しくて......。
それでいて、僕を必死に守ってくれる強いアルファで......。
だから、嬉しくて.....すごく、嬉しくて。
僕は理一郎の全てに溺れてしまったんだ。
「初めてオークションでミライを見た時、〝この人だっ!〟ってピンときたんだ。
ほかの人は、なんていうか......。
優しい、潤んだ綺麗な目をしていたけど。
ミライだけは真っ直ぐ前を見て......。
強く、ブレずに、自分の意思でそこに立っている感じで。
その眼差しに惹かれて。
もっと近くで見たくて近づいたら、すごくいい香りがしたんだ。
ふわっと、ミライから甘い香りがした。
この人しかいないって思ったら、衝動的に君の名前を聞いていた。
〝ミライ〟って、綺麗な声で君が答えるから.....。
俺はもう、ミライしか見えなくなったんだ」
優しく、よくとおる声で、理一郎は僕を抱きしめながら言った。
かかる吐息も。
触れる肌も。
声も、瞳も。
全てが、優しくて、暖かい。
今まで忘れていた感覚が、体の中で溶けて、じんわり蘇ってくるような.......懐かしい、そんな感じがした。
「......こんな生意気なヤツでがっかりした?」
僕の言葉に、理一郎は僕の頰を軽く撫でるとあの優しい笑みを浮かべた。
「.......はじめはさ、ミライに睨まれたりして。
ミライと親しくなるまで、時間がかかるぞって、覚悟はしたんだ。
でも、絶対ミライは俺を好きになってくれるって妙な自信があって.......。
ミライを何が何でも手放したくなかったから」
僕は理一郎を引き寄せて、唇を重ねた。
なんで、こんなにまで、優しいんだろう。
でも、嬉しい......。
「僕、理一郎にお礼を言うのを忘れていた.......。
僕を選んでくれて、ありがとう。
優しくしてくれて、ありがとう。
.........愛してくれて、本当に、ありがとう」
心の底から〝ありがとう〟を言ったのは、初めてで。
いつの間にか、泣いていたのも初めてで。
.........僕は。
理一郎の穏やかと優しさに触れて。
僕は、初めて人を好きになる、ってことを教えてもらったんだ。
ひび割れた大地に雨が降り注いで、水が染み渡っていくように、僕のドライな心が潤っていく感じがした。
自分に嫌悪して、自分の感情をカラカラにして。
誰にも頼らず、自分の未来は自分で切り開くって豪語していたのに。
それでも、僕はずっと、心の奥深くで待っていたのかもしれない。
オメガとか関係なく。
ただ、僕に寄り添ってくれて。
そして優しくキスしてくれる、そんな運命の人を。
僕は、ただ.......そんな存在を、ずっと求めていたんだ。
理一郎は僕に優しく、深く、キスをする。
そしてまた、肌を重ねる。
たった、それだけのことなんだけど。
僕は、泣きたくなるくらい、幸せを感じるんだ。
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