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第3話

✴︎ 「理一郎」 どんなことをしていても、周りがいくらガヤガヤしていても、その綺麗な声は俺の耳にいち早く届いて、俺を振り向かせる。 振り向いた先には俺をまっすぐ見つめて笑うその人がいるから。 いくら仕事ですり減って帰ってきたとしても、その人の笑顔や声で、すり減った部分が満たされていくんだ。 「理一郎、おかえりなさい。早かったね」 「ただいま、ミライ」 薄いピンク色のシャクヤクの花をたくさん抱えて俺に近づくから、ミライの甘い香りとさわやかな花の香りが鼻孔をくすぐる。 ミライとシャクヤクは、似ている。 真っ直ぐで、可憐で、いい香りがして。 今すぐにでも、シャクヤクごとミライを抱きしめたくなるんだ。 .........そんなことしたら「花がつぶれるっ!」って、怒られそうだけど。 「その花、ミライが育てたの?」 「うん、綺麗でしょ?こんなにたくさん咲くなんて思わなかったから。部屋に飾っていい?」 そう言って笑うミライとその手の中にあるシャクヤクが、現実味がないくらい綺麗で。 俺はその姿が大好きで、大好きで。 大事な、大事な。 俺の〝運命の人〟なんだ。 ✴︎ 理一郎はいつも優しい。 スレて生意気な僕を嫌な顔一つせずに、抱きしめてくれる。 そして、耳に残る穏やか声で「俺の運命の人」って囁くんだ。 初めて感じる幸せで。 そういうの慣れてないから、なんかくすぐったくて。 でも.......。 僕の心は、その隅っこの方で警鐘を鳴らす。 その優しさが偽りだったら? その幸せが崩れてしまったら? 理一郎に対して心の底から笑顔を向けられない自分がいて、理一郎にキラキラした笑顔を向けられると申し訳なく感じる自分がいて。 どうしようもなく、苦しくなるんだ。 だから、時々、不安になる。 寂しくなる。 理一郎は日中仕事でいないから、僕はあまりにも時間と身を持て余してしまって、とうとう、趣味がガーデニングになってしまった。 はじめ、理一郎は渋ってたんだ。 怪我したら危ないとか、日に焼けたら大変とか。 怪我をしたらって心配は分かるよ? でも.........日に焼けるとかさ、僕、吸血鬼じゃないよ。 心配、しすぎなんだよ。 なんていうか、理一郎は僕に対して過保護すぎるんだ。 渋る理一郎に拝み倒して、ようやく認めてもらったこの趣味が、僕は楽しくてしょうがない。 小さな種が殻を破って、土を割って小さな芽を出す。 それがぐんぐん大きくなって、葉をつけて、蕾を膨らませて、キレイな花を開くから。 癒される......楽しい......。 こんな僕でも新しい命を育てることができるんだって、嬉しくなるんだ。 趣味をしているときは、漠然とした僕の不安を忘れることができるし、僕は、幸せな気持ちと不安な気持ちのバランスを保っていられるのかもしれない。 切り取ったシャクヤクを花瓶に入れて、部屋に飾る。 「ミライ、こっちにおいで」 僕は理一郎の言葉に吸い寄せられるように、理一郎の待つベッドに近づく。 理一郎はいつも僕の部屋のベッドで寝るから、僕は理一郎のいる広いベッドの上で、理一郎にひっついて眠っている。 ちょっと前の僕からすれば、ありえないことだ。 僕はゆっくり、ベッドヘッドに体を預けている理一郎の膝の上にのると、理一郎は一つ一つ丁寧に僕のシャツのボタンを外して、僕の胸を軽く舐めた。 「ひ.....ぁ......」 最近の僕は理一郎の愛撫にやたら過敏になってしまって、自分でも驚くような声を上げてしまう。 理一郎が、好きで。 理一郎じゃないと、イヤで。 だから、すぐ、濡れてきちゃうんだ.......。 「ミライ。日に焼けてない」 「だっ.....て.....焼けないよ.....に、してる.....」 「ミライ.....」 理一郎は僕の腕を掴んで押し倒すと、グズグズになった僕の中にゆっくりいれて、突き上げる。 「ん....やぁ.....りぃ....ちろ」 「........ミライ、気持ちいい......?」 「......ぃぃ.....ひぁ.....ん」 理一郎が僕を熱っぽく見るから、見つめられる僕は恥ずかしくて身をよじる。 身をよじるんだけど、理一郎がもたらす快楽に僕はあっという間に溺れちゃって、理一郎にしがみついてしまうんだ。 「明後日、友達が主催するパーティーに行かない?」 「え?」 「俺の大学の時の友達で老舗旅館の御曹司なんだけど、創業記念のパーティーをするから。ミライも一緒に行こうか」 「............」 「ミライはずっと家にいて、家から出たことないだろ?たまには一緒に行かない?」 「..........僕は、いいよ」 「どうして?」 「........人が、多いの苦手だし」 「そうか。ごめんな、ミライ。無理に誘って」 「ううん。気にしないで、理一郎」 パーティーとかさ.......。 僕には場違い極まりないよ。 きっと、浮いてしまう。オメガだし。 それに、人がたくさんいると、あの日のオークションを思い出してしまうから。 僕たちを品定めするみたいに、たくさんの目が僕を見ていて。 正直、気持ち悪かったんだ。 その目を見ないように、真っ直ぐ前を見て、届きそうで届かない未来に想いを馳せて、僕の中の恐怖心を悟られないようにしていた。 あんな居心地の悪い思いは、もう、したくない。 僕は理一郎に抱きついた。 「ごめんね、理一郎。わがまま言って」 「いいよ、ミライ。ミライがイヤなことしなくていいから」 ..........ズキッとした。 また、理一郎の優しさに甘えて、その優しさが本当の優しさかわからなくなって、不安になる。 優しく僕の頭を撫でる理一郎をどんな顔してみていいかわからなくて。 申し訳ない気持ちと不安な気持ちで僕はフラフラして、広いベッドから落ちてしまいそうで、理一郎の胸に顔をうずめてしまったんだ。 「遅くなるかもしれないから。先に休んでて」 「はい。いってらっしゃい、理一郎」 「いってきます、ミライ」 今日は理一郎はパーティーなんだ。 だから、遅い。 だからといってはなんだけど、今日、僕はやることがたくさんあるんだ。 「よし!」 僕は小さく呟いて気合を入れた。 ミニトマトの苗とサニーレタスの苗をプランターに植える。 あと、テラコッタの植木鉢にバジルも植えた。 夏にはキレイな朝顔がみたくて、朝顔も植える。 ほこってきだしたシャクヤクと、鮮やかな黄色やオレンジの花をいっぱいに開いたポピーを切り取る。 切り取ったシャクヤクとポピーをバケツの水につけたところで、僕は少しクラッときた。 まだ、春なのに。 今日は暑いからなぁ。 がんばりすぎちゃったかなぁ、施設じゃ一番体力あったんだけど。 木陰に入って寝っ転がって火照った顔を冷やしていたら、僕の視界にスッとペットボトルの水が入ってきた。 「ミライさん、どうぞ」 「あ、ありがとうございます。広滝さん」 思わず起き上がって、ペットボトルを受け取ってしまった。 広滝さん、理一郎の家にいるコックさん。 理一郎より背が高くて、広滝さんが作ってくれる料理はすごくおいしいんだ......けど。 僕は広滝さんが怖かったりする。 なんていうか、見た目が怖いから........。 こんな風に近くで話したことなんて、今が初めてかもしれない。 「ミニトマトに、サニーレタスですか。あとバジル」 「理一郎が野菜苦手だから、ちょっとでも食べてもらいたくて」 「ミライさんは、優しいんですね」 広滝さんが発した意外な言葉に、僕は火照った顔がさらに火照った気がした。 「いや!いやいや!そんなことないです」 「いつも人のことばかり考えてますね、あなたは」 「はい?」 「あなたは施設からきたんでしょう?今のあなたと施設にいた時のあなたと。 何か変わったことがありますか?」 あまりにも唐突に広滝さんから投げられた言葉に、僕は返す言葉も見つからない。 僕が呆然としていると、広滝さんは僕の目をじっと見てさらに続けた。 「周りの人に気を使って、この屋敷の中から一歩も出ない。あなたの今は、昔のあなたと何が違いますか?」 シャクヤクはホールに飾ってもらって、ポピーは部屋のローテーブルに飾った。 理一郎のいない日なんて、どれくらいぶりかな。 1人であの広いベッドに寝ることができなくて、僕は体にちょうどいいソファに足を投げ出して、もたれた。 そして、窓から見える月を眺めていたんだ。 1人だから、色んなことが頭に浮かんできてしまって、つい物思いにふけってしまう。 〝周りの人に気を使って、この屋敷の中から一歩も出ない。あなたの今は、昔のあなたと何が違いますか?〟 広滝さんの言葉、結構、ずしっときたなぁ。 今の僕は、理一郎に愛されてすごく幸せなのに、昔の僕と変わらないんじゃないか、って広滝さんに言われてさ。 僕がそんな風に見えていたなんて、結構ショックだったんだ。 施設にいるより、今の方がはるかに幸せなのに。 なんで.......? コンコンー。 突然のノックの音に僕は驚いた。 だって、今日は1人だし.......どんな些細な音でも大きく響いて聞こえる。 理一郎かな......。 ドアを開けるとそこには広滝さんが立っていて、僕は叫んでしまいそうなくらい、びっくりした。 「........広滝さん?どうしました?」 「........昼間のこと」 「え?」 「........答え、見つかりましたか?」 「!!」 広滝さんは勢いよく部屋に押し入ると、僕の手首を掴んで乱暴に僕を押し倒した。 硬い床で僕は頭をぶつけて、両手は床に押さえつけられて、広滝さんが僕の上に馬乗りになる..........。 怖い.......。 初めて、怖い、と思った。 こんなこと、慣れてるハズなのに。 施設じゃこんなこと日常茶飯事で、押し倒されて無理矢理サレちゃって........なんて。 でも、広滝さんは違う.......違うから、つま先から頭のてっぺんまで、痺れるような冷たさが僕の全身を覆い尽くす。 だから、信じられないくらい、声が掠れて上手く出てこない。 「広滝.....さん!.....やめて、ください!!」 「答えは、見つかりましたか?ミライさん」 「答えってなんですか?! 僕は、今が幸せです!! 外に出ようが出まいが、昔となんて比べられないくらい今が幸せなんです!!」 「じゃあ、なんで不安そうな顔をするんですか?」 「な.......」 図星を突かれて、言葉が出なかった。 理一郎の優しさに対する不安や、幸せを虚構に感じる僕の心の中を、広滝さんに思いっきり見透かされていたから.....。 「不安そうに俺を見て、俺に助けを求めてるんでしょう?」 「ちがっ.......違います!!」 「俺なら、ミライさんを必ず幸せにできる」 「やめ.....!!やめてっ!! やだっ.....!!た、助けてっ!! 誰か......理一.......理一郎っ!!助けてっ!!」 ありったけの力で僕は必死に暴れた。 早く広滝さんから逃げたかったのに。 両手は床に打ち付けられたみたいに動かなくて、足をバタつかせるんだけど、広滝さんはビクともしない。 「.......いい、かおりがする」 広滝さんの単調な声に、僕は愕然とした。 ..........僕が、僕が......広滝さんを狂わせたんだ。 だから、こんなこと.........。 たまらず、僕は愛しい人の名前を呼んでしまった。 「理一郎......助けて.......」 月明かりに照らされた暗い部屋の中、僕の真上にいた広滝さんが一瞬で消えた。 「ミライっ!!」 愛しい人の緊迫した声がしたと思ったら、急に抱き起こされて、目の前に理一郎の顔が現れる。 「理一郎.......」 「広滝!!お前っ!!」 理一郎の視線の先には、頰を押さえて倒れ込んだ広滝さんがいて、僕をじっと見つめていた。 「広滝!ここから出て行け!今すぐだ!!」 広滝さんはゆっくり立ち上がって、何も言わず静かに部屋から出て行って。 ホッとして......。 全身の痺れるような冷たさから解放されて、僕は思わず理一郎にしがみついたんだ。 「ミライ.......もう、大丈夫だから」 「僕が、僕が悪いんだ........。 広滝さんは悪くない。 僕が悪い.........だから、広滝さんを怒らないで」 そのあと理一郎は一晩中、僕に寄り添ってくれた。 広滝さんに押し倒されたのが本当に怖くて、体の震えが止まらなくなってしまった僕は、理一郎にずっとしがみついていたんだ。 怖いから、悲しいんじゃなくて。 素直になれず、いつまでも不安抱えた僕自身が嫌で。 広滝さんを惑わしたオメガのサガが悔しくて。 .........苦しかったんだ。 「理一郎......」 「何?ミライ」 「.........運命に無理してるなら、いつでも、番を解いてもらってかまわないから........」 ✴︎ 「うぁ.....あ、やぁ........」 怒りなのか。 本能なのか。 いつもは傷付けないように気をつけてミライを抱いてるのに、今日は、やり場のない気持ちをぶつけるようにミライを抱いている。 奥に、深く、強く、激しくミライを突き上げる。 上下に激しく揺さぶられながら、ミライは目をぎゅっと閉じて、シーツをぎゅっと握りしめてその刺激に耐えるように身をよじった。 こんなミライの顔、見たいわけじゃなかったのに。 こんなに苦しそうなミライを、抱きたいわけじゃなかったのに。 〝...........運命に無理してるなら、いつでも、番を解いてもらってかまわないから........〟 そのミライの言葉に、カーッときて頭に血がのぼってしまったんだ。 こんなにミライが大事で。 こんなにミライが大好きで。 運命の番って、運命の人ってことには変わらないのに、どうしてミライがそんなことを言い出したのか理解ができなくて.........。 乱暴にミライを抱いてしまうんだ。 ミライの足を肩にかけて、さらに奥を激しく攻める。 「やぁ.........んっあ........」 両腕で顔を隠すして、荒い呼吸で身をよじる。 ミライから......ミライの体から、甘い香りが強くなって......心が落ち着かない俺は、その香りに当てられてしまって。 さらに、ミライを深くかき乱してしまったんた。 アルファの本能、って........こんなに、オメガをグズグズにするんだって、思った。 何回も、何回も、ミライの中に出してしまう。 ミライの中はより溢れるように濡れてきて、顔も唇も赤くて、俺を誘うように香りが強くなる。 呼吸が整わないミライの体を無理矢理抱き上げて、また、ミライの中を激しくゆさぶって.......。 止まらない.......とまらないんだ。 「......ぁ........ぁ......」 そうしているうちに、ミライの真っ直ぐだった瞳が虚ろになって光をなくして。 あんなによがってた声も小さく、力がなくなって。 スッと意識を失って、動かなくなってしまった。 その瞬間、俺は........今まで経験したことないくらい後悔した。 「ミ......ライ.......」 もう、遅い......遅いのに。 俺はミライを抱きしめた。 大事に、大事に........傷付けないようにしてきたのに.......。 今までツライ思いをしてきたミライに、こんなことしたくなかったのに.......。 「ミライ......ごめん........」 涙が止まらない.......。 華奢であたたかなミライの体をひたすら抱きしめて、後悔にさいなまれながら、俺はしばらく泣いていたんだ。

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