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2 マスター

「あらぁ! いらっしゃい。いつもの奥の席空いてるわよ」  お世辞にも美人とは言えない、男の声色で派手に着飾ったマスターがドアを開け入ってきた靖幸に向かって笑顔を振りまく。 「………… 」  何も言わずにカウンターの奥へと進み席に座る靖幸にマスターがスッとグラスを差し出した。 「どうだ? 大分良くなったか?」  徐にマスターの手を取りまじまじと腕を見る。腕を優しく撫でられたマスターは頬を赤らめ、ウットリと靖幸を見つめた。 「うん、すっかり傷も薄くなったし。あたしもまだまだ若いわよ。回復早いったら…… 」  照れ隠しに少しばかり冗談めいてそう言いかけると、その言葉に被せるようにして「それなら良かった」と靖幸は言い、興味なさそうに外方を向きグラスに口をつける。マスターは何か言いたげな表情を浮かべるも、小さく溜息を吐き別の客の方へ向かった。 「いい男なのに愛想がないからほんと残念よねぇ」 「……おい、聞こえるんじゃないか?」  マスターと話す客がオロオロしながら靖幸の方を見る。 「あら、靖幸ちゃんなら大丈夫。聞こえてたってそんなの気にしちゃいないんだから。ねぇ? 靖幸ちゃん」 「……うるさいな」  靖幸があの学園に配属になってすぐ、たまたま帰り道で喧嘩に巻き込まれた事があった。その時に靖幸に助けを求めてきたのがこのマスターだった。  酔っ払って店で暴れた客に対し注意したら逆ギレされたらしく、マスターは店の外に引きずり出されて襲われていた。靖幸はたまたま居合わせただけで正直知らんふりして素通りするつもりだったのに、助けてと縋られてしまったのでしょうがなしに助けることになってしまった。  かなり体格差のある相手を靖幸はいとも簡単に捻り倒す。一応護身術や格闘技のノウハウをを身に付けている訳なのだから他愛ない事だった。  せっかく助けてやってるというのに、このマスターは大騒ぎしながらまとわり付いてくるものだから結局庇いきれずに怪我をさせてしまった。そしてその責任感から、マスターの怪我の具合を見るという理由でこの店によく顔を出すようになった。  マスターはすぐに靖幸の性格を見抜き居心地のいい距離感で接してくれるから、今ではすっかり常連になりつつあった。  酒は兎も角、マスターの出してくれる料理がまたどれも絶品だったのも通うようになった理由の一つ。靖幸は少なくとも週に一度は必ず顔を出し、ここで夕飯を済ますのが定着していた。 「はい、今日はキーマカレーよ。靖幸ちゃん用に辛いの増し増しで」 「………… 」  マスターは靖幸の前にいかにも辛そうな色になっているキーマカレーを置いた。顔色ひとつ変えずに食べ始めた靖幸を、マスターはジッと見つめる。  最初にここに来たときに靖幸は言った── 「俺が来た時は飯食べるから、その日のマスターのオススメだして。いちいち俺に注文聞かなくていいから」  注文が面倒だからという理由でそう言ったらしいのだが、この気難しそうな変わった客にそう言われてマスターは何故だか嬉しかったのを思い出した。 「……美味いな、正男(まさお)」  皿から顔を上げ、靖幸が呟く。 「ちょっと! やめてよ! 何で本名で呼ぶのよ! マアサって呼んでよ!マアサ! 正男って誰? 失礼しちゃう!」  いきなり本名で呼ばれ憤慨するマスターだったが、あまり表情を変えない靖幸が楽しそうな顔をしてるのを見てちょっと不思議に思いつつ、他の客と一緒に笑った。

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