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3 喧嘩

 客も疎らになり、靖幸も煙草を一服したらそろそろ帰ろうかと考えていたその時、二人の客が入って来た。  ドアのベルが鳴り、マスターが顔を上げた。でもその客の方を向くなり顔色を変え笑顔が消える。 「い……いらっしゃい」  上ずったマスターの声に気がついた靖幸がその客の方を振り返り見ると、目が合ったその客に睨まれてしまった。「久しぶりだな」と言いながら靖幸のすぐ隣に腰を下ろす。マスターは何故だかオロオロして靖幸の顔を伺うが、他にも席は沢山空いているのに敢えて隣に座るこの客に不快感丸出しで靖幸は文句を言った。 「何でわざわざ俺の隣に座る? 知らない奴と肩を並べるのは不愉快なんだが…… 」 「おいおい、知らないとは失礼だな。前に会ってんだろ? なに? 痛めつけた相手なんか覚えちゃいないって?」  少し考え思い出す。あの時自分が店の前から追い払った奴だと。 「それにこんな店に一人でいるって事は、お相手探してんじゃねえの? 俺が可愛がってやるよ」 「ちょっと! その人は違っ…… 」  マスターが慌てて間に入ろうとするのを靖幸はそっと止めた。 「思い出した。そっか、今度は仲間を連れて仕返しに来たのか?」  そう言って背後に立つもう一人の男を睨みつけた。 「そういうつもりはなかったけど、たまたまお前がいたからな。そう言うなら仕返しに来たってことにしとこうか?」  立ち上がり、靖幸の胸倉を掴み乱暴に揺さぶる。  ……服が伸びる。そう思って咄嗟にその手首をパンッと払い、まるで汚いものが触れたかのように掴まれた場所を手で叩いた。靖幸のあまりの無感情さに男は怒りを露わにし、声を荒らげた。 「てめえ、本当腹立つな!」  店の中で暴れて迷惑をかけてはいけないと、靖幸はその男を掴み店の外へと引きずり出す。自分よりも身体が大きいものの、煩く吠えるこの男は大したことはない。それでも背後にいるもう一人の方が手強そうに感じ、靖幸は相手の出方を見ながら警戒をした。  ……それにしても、本当に面倒くさい。  マスターもおろおろしながら店から出てくる。また邪魔されたらたまったもんじゃないと様子を見つつ、振り下ろされる相手の拳を上手く交わした。 「俺に任せて! 下がってろ!」 「……?」  靖幸が胸元に突き出てきた相手の腕を掴んで組み伏せようとしたその時、耳元で誰かが大きな声を出す。その声に驚いた拍子に男に弾き飛ばされてしまった。 「……何だよ! 痛えな」  前を見ると一人の男がさっきまで靖幸が相手をしていた男と取っ組み合いになっていた。見てると体格はいいものの、何度も殴られては抵抗をしている。 「助けに入ってこれかよ……弱すぎ」  自分が相手をしていた方がよっぽどマシだと、見かねて靖幸も応戦する。そしてマスターが警察を呼んだと叫んだおかげで二人は慌てて逃げていった。 「だ……大丈夫でしたか?」 「……お前がな」  へたり込んで息を切らし、心配そうに靖幸の顔を見上げたその男は唇を切って鼻血まで垂らしている。 「全く! (ごう)ちゃんたら何やってんのよ、あんたより靖幸ちゃんの方が全然強いのよ。ほらやだ……怪我しちゃって。大丈夫? 立てる? ……ギャッ! 待って! 剛ちゃん重い! 無理!」  マスターはへたり込んで動けなくなってる剛ちゃんとやらを立たせてやろうと肩を貸すも、マスターも力がないのか全然動けず二人で倒れこんでいる。 「ほら……掴まれ」  呆れながらも靖幸は手を貸してやり、ハンカチで鼻血を拭ってやった。剛ちゃんと呼ばれるその男を改めて見ると、知った顔で少々驚く。  その男はここ数日、靖幸が休憩の度に見かける体育教師だった。

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