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6 客の男

「なんだよ、つれないなぁ…… 」  顔を覗き込むようにして再度近づいてくるこの男にうんざりしていると、やっとマスターが顔を出した。 「あ! ちょっと? 何やってんのよ、靖幸ちゃんから離れなさい……はい、お待たせ。今日は鯖の味噌煮定食ね」  シッシッと手で追い払うような真似をしてマスターが隣の客に目配せをする。靖幸はそんなマスターに御構い無しに、美味しそうな匂いをさせて目の前に出てきた鯖の味噌煮に早速手をつけた。 「美味そうだ。いただきます」  顔の前でパチンと手を合わせ丁寧に挨拶をしてから食べる靖幸をマスターは愛おしそうに見つめる。 「何それ? そんなのメニューにあったっけ?」  隣の客は不思議そうに靖幸の食べている定食を指差した。 「いいの。靖幸ちゃんの特別メニューなんだから。あんたのはないわよ。あと、この人はダメだからね。そういう目的じゃないから……声かけても無駄よ」  最後の方は靖幸に聞こえないように小声で話す。 「なに? 冷やかし?……でもさ、本人がその気になりゃ問題ないんじゃね?」  男はもう一度靖幸の顔を盗み見る。 「ちょっと! ダメって言ってんでしょ! この人はあたしの恩人なんだから手ェ出したら承知しないわよ」  靖幸はマスターと客のやり取りを聞いていたものの何の事やら理解できず、考えるのも億劫で気にせずに食事を続けていた。 「なぁ、そろそろ食い終わるだろ? どうだ? 場所変えて俺と呑み直さない?」  いつの間にかまたすぐ隣に座り、男が靖幸に声をかける。靖幸はうんざりしながら今度はちゃんと顔を見て丁重にお断りをした。 「食事終えたら帰るだけだ。初対面の人間と呑むなんてことはしないから遠慮してくれ」 「ほんと……美人でお高い感じ、いいねぇ。俺気に入ったよ。攻略したくなる…… 」  言いながら男はテーブルの上の靖幸の手にそっと自分の手を重ねる。  美人だなんて言葉を男性に使うのもおかしな話だし、さっきからどうにも口説かれているように感じるのは気のせいだろうか。自分を見つめる男の目つきに違和感を覚えた時、聞き覚えのある声が背後から降ってきた。 「何でこんな所にいるんですか」  振り返ると呆れたように剛毅が自分を見ていた。 「マスターと知り合いみたいだったからまさかとは思ったけど……何しに来てるんです?」  何しに? そんなの酒を呑んで飯を食うため以外、何があるんだ? 苛ついた様子の剛毅に少しムッとしながら返事をした。 「俺がここで腹を満たしちゃいけないっていうのか?」 靖幸がそう言うも、剛毅はスッと隣の客の向こう側へ座り何かを話し始める。靖幸はまた無視をされたような気持ちになり苛々した。

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