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17 憧れの人
靖幸は剛毅と違い、自ら好んで一人でいるようだった。周りから声をかけられればそれに対応するし、時には笑いあったりもしていた。それでも自分から声をかけたりはせずに殆ど一人で学校生活を過ごしていた。
他人の顔色を伺い、なるべく興味を持たれないように、酷い目に合わないようにとビクビク過ごしていた剛毅にとって、そんな靖幸の態度は少し羨ましかった。なぜなら剛毅はこんな目にあいながらもやっぱり友達が欲しかったから。ひとりぼっちでいる事を恥じていたから、堂々としている靖幸が羨ましかった。
いつしか剛毅は靖幸を見習い、堂々とするように心がけるようになる。でも靖幸と徹底的に違うところは、靖幸は勉強は常にトップ、運動も人並み以上にこなすし顔も良い。それ故、密かに人気があったということだった。いくら剛毅が靖幸の真似をしようと、虐めにあう日常は何も変化はない。一匹狼な靖幸と話をしてみたかったけど、向こうから話しかけてくるようなことは殆ど無いので、自分から話しかける勇気のない剛毅は結局挨拶すら交わすことも出来なかった。
ただ一回を除いて……
剛毅は決まった人間に、週に一度程性的暴行を受けていた。放課後呼び出されるのは決まって体育館裏の古びた倉庫。敷地内だけど外れにあるそこは、人も滅多にこないような場所。恐らく何年も使われずにあるのだろう。
カビ臭いマットの上でいつもと同じ二人のクラスメイトの相手をする。最初のうちは口淫を要求される程度だったのが、段々とエスカレートしていき、最終的には二人を相手にセックスをしていた。
嫌な筈なのに、体を二人掛かりで弄られれば勝手に反応をしてしまい、段々とこの嬲られる快感を覚えてしまった自分にうんざりする。
その日もまたいつものように、剛毅はこの二人にいいように嬲られていた。下だけ脱がされ、情けない格好のまま目の前で自慰をしろと強要された。恥ずかしいけど拒否することもできず言いなりに自ら緩々とペニスを弄り始めると、いつもはこんな所に来ることのない靖幸が通りかかった。
「………… 」
少しだけ開いていたドアの隙間から靖幸と目が合った。靖幸の鋭い視線にドキッとし、一気に剛毅のペニスは頭を擡げる。憧れの人に見られているという事実に反応をしてしまった恥ずかしさに顔を覆いたくなった。
「うっ……新堂君、助けて……」
その場で立ち止まったままの靖幸に、剛毅は勇気を振り絞って声をかけてみた。剛毅を虐めていた二人は慌ててドアの方を振り返り、そこにいたのが靖幸だとわかるとホッと安堵した表情を見せた。
「君さ、それで本当に助けてもらいたいの?」
靖幸の口から放たれた冷たい言葉と蔑む視線に、剛毅は心臓を突き刺されたような気持ちになった。
恥ずかしさと惨めさ、情けなさ、悔しさがこみ上げて来て、涙が止まらなかった。
気がついたら靖幸の姿はなく、初めて泣いて抵抗を見せた剛毅に興奮した二人に散々乱暴に貫かれて暴力まで振るわれた。そして剛毅は気を失い、その場に放置されていた。
二人の欲を受け入れていた後孔は切れ、血が滲む。腹の上には誰のものかわからない精液がこびり付き顔にも同じように涙やら涎やらも纏わり付いて不快な臭いを放っていた。
「クソッ……なんで……クソッ」
意識が戻った剛毅はのろのろと起き上がり、近くにあった雑巾で体にこびり付いた体液をごしごしと擦り落とす。踏みつけられて汚れた下着をまた身につけ、ズボンも出来るだけ埃を叩いてから履いた。
とりあえず誰にも見られないように水道で顔を洗って、それから帰ろう。汚れた下着は捨てることにして、制服の汚れは母さんに転んだと言って謝ればいい……洗濯して貰えば大丈夫。破けてはいないからまだ着られる。そんなことを考えながら、剛毅は倉庫から出ようと足を進めた。おもむろにガラッとドアが開き、再度現れた靖幸が何かを剛毅に放った。
「……汚えからこれ使え」
足元にベシャっと落ちたのは濡れたタオル。ひと言だけそう言って剛毅に濡れタオルを投げつけた靖幸は、また軽蔑するような目で一瞥して帰っていった。
濡れたタオルを拾い上げ、剛毅は悔しさがこみ上げて来る。クソッと思いながらもそのタオルで顔を拭い、もう一度制服も綺麗に拭いてから一人家へ帰った。
憧れていたはずの人。あんな風になりたいと密かに慕っていた人。でもその憧れの人は自分に対してとても冷たく、何でこんな人に憧れていたんだと悔しさが湧き上がった。
その一件があった後、剛毅は父親の仕事の関係で引っ越すことになり隣町へと転校をした。転校をしたおかげで剛毅は酷い虐めから解放された。変わらず大人しい性格の剛毅は結局卒業まで友達ができなかったものの、それでも残りの中学生活はとても穏やかに過ごすことができた。
憧れの人であり、憎らしくも思っていた靖幸とはそれっきり会っていない。
あれから何年……
偶然またここで出会えたことに少しだけ嬉しく思っている自分もいる。嫌な思い出しかないあの頃の記憶の中にほんの僅かだけ存在していた小さな心の拠り所。
憧れていたあの時の気持ちが、長い時を経て沸々と湧き上がってくるのを感じていた。時は記憶を少し美化するもので、あの時に感じた悔しい気持ちよりも、やっぱり憧れていた気持ちの方が多く思い出される。
大人になって再会したあの人は、やはり凛とした綺麗な人に成長していた。自分はといえば、昔の自分とサヨナラすべく髪型や言動、性格まで必死に変えたというのに、結局見抜かれバレてしまった。それでもまだしらばっくれてしまった自分が恥ずかしくて情けなかった。
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