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35 不快感

 安田に触れられた内腿が気持ち悪かった。肩を抱き寄せられ耳を舐められた感触がいつまでも体に残る。  耳にかかる安田の吐息……内腿をギュッと掴まれた感触。猛烈に気持ちが悪く腹が立った。靖幸は不快感で発狂しそうになりながら自宅に帰った。  今すぐにでもシャワーを浴びたい。風呂に入って綺麗になって眠りたい。そう思って小走りでアパートへ向かうと、自分の部屋の前に人影があることに気がついた。 「まさか……」  近づくにつれその人影がはっきりと見える。それは靖幸にとって、今一番会いたくない人物だった。 「……やっと帰ってきた。お帰りなさい。どこ行ってたんです?」  とっくに帰ってると思ったのに留守だったから心配したと、目の前に佇む剛毅は笑って言った。 「どけ。何でお前がここにいる?」 「何でも何も……あなたともっと一緒に飲みたかったのに、さっさと帰っちゃうから」  剛毅を押し退け、部屋の鍵を開けようとする靖幸の肩に剛毅は手をかけ、ハッとした。 「どうしたの? 靖幸さん、何かあった?」  剛毅は靖幸が小さく震えていることに気がついて、思わず心配して顔を覗き込む。でも苛立つ靖幸に顔を叩かれて怒鳴られてしまった。 「何でもない! 俺に構うな! お前は恋人のところにでも行ってればいい、迷惑だ!」  震える手で鍵穴に鍵を差し込もうとする靖幸は、動揺しているのかなかなかうまく入らず鍵を開けることができないでいた。見かねた剛毅が靖幸から鍵をさっと取り上げ、かわりに鍵を開けてやった。 「ねえ……本当に靖幸さん大丈夫?」  どたどたと靴を脱ぎ部屋に入っていく靖幸の後に続いて剛毅も部屋へ入る。剛毅のことなど気にもせず、靖幸は上着を脱ぎ捨て風呂場の方へ向かった。 「靖幸さん?」 「……? なんだよ! 出て行け! 俺はシャワーを浴びたいんだ!」  尋常じゃない靖幸の姿に剛毅は戸惑う。一緒に脱衣所までついて来たものの出て行けと言われても放っておけるはずもなく、とりあえずここから出て部屋で待つことにした。  靖幸は黙って出ていく剛毅を見ると、帰るものだと勘違いをし、ホッとしてシャワーを浴びに風呂場へ入った。    頭からぬるめの湯をかぶりながら、深呼吸をする。剛毅に触れられた時はこんな嫌悪感はなかった。嫌いな人間にいやらしく迫られることがこんなにも気持ちの悪いものなのかと、初めて身をもって知ることになった。  そして剛毅の恋人が安田だということ……靖幸にとってはその事実の方が不愉快極まりなかった。  自分は人と関わるのが億劫で、今までも必要最小限の付き合いに留まっていた。他人には全く興味もなかったし、異性と交際はしたものの、言われたから付き合っただけで靖幸がその人が好きだったかというと実はそうでもなかった。  それなのに、剛毅に関わってからの自分の変化に靖幸自身も気がついていた。  考え事をしながらシャワーを浴び、部屋着に着替えリビングに戻ると剛毅が床にぺたんと座っていて驚いた。 「何やってんだ? 早く帰れよ」  苛々した様子でタオルで頭を拭いている靖幸は剛毅と目も合わせずに冷たく言う。 「帰れるわけないでしょ。どうしたんですか? それにさっき聞き流しちゃったけど、恋人ってなんなの?……恋人のところに行ってればいいって言った?」  靖幸の手が止まる。濡れた頭を拭いていたタオルを剛毅に向かって投げつけた。 「言ったさ! そのままの意味だよ、恋人に誤解されて困るのはお前だろ! 恋人がいるのに何で俺を構うんだ?……迷惑なんだよ」  頬を赤くしてそう言う靖幸に、剛毅はキョトンとしている。 「ちょっと待って。だから恋人ってなんなんですか? 俺はフリーですよ? 恋人なんかいないし!」 「嘘だ! 俺の事をからかってるのか? 経験浅くてすぐイっちゃうような俺をからかって楽しんでるんだろ!」  あの時の事をまだ気にしてるのかと剛毅はちょっと驚く。感情むき出しにして怒る靖幸を見て、こんな時にどうかと思うが、剛毅は少し楽しくなってしまっていた。

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