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36 動揺

「だから! 靖幸さん落ち着いて……俺は恋人なんかいないし、靖幸さんのことそんな風に思ってないから」 「本当か? だって安田としょっ中……セッ、セックス……してるだろ?」  靖幸の口から安田の名前が出てきて剛毅は更に驚く。 「もしかして安田さんと俺が付き合ってると思ってんの? えっ? 何でまた……そんなわけないじゃん!」  むぅーっと少し頬を膨らまし、今度は黙り込んでいる靖幸。恥ずかしいのか目は合わせてくれない。 「何でまた靖幸さんがそう思ったのは知らないけど……」  剛毅にはどうしても今の靖幸の姿がやきもちを妬いているようにしか見えず、顔がにやけてしまってしょうがなかった。 「笑うな! 安田から聞いたんだ! お前と安田は付き合ってるから手を出すなって……ふざけんな! 俺がお前に手を出してるわけじゃないのに」 「………… 」  剛毅は靖幸の言ったことに首を傾げる。安田が直接、靖幸にそう言ったのか? いつ? 自分のいない所で靖幸と安田が会っていたというのか? 「ねえ、靖幸さん安田さんと会ったの? 俺と安田さんが付き合ってるって直接言われたの? いつ? まさか今さっきじゃないよね?」  先程までの靖幸の様子に、剛毅は胸の鼓動が早くなる。嫌な予感が頭を過ぎった。 「安田さんに待ち伏せでもされた? なあ! 帰りが遅かったのは安田さんと会ってたからなのか?……何された? 靖幸さん!」  普段冷静でいつも何を考えてるのかわからないような人間なのに、さっきは酷く動揺し、震えてさえいた。その様子を見れば一目瞭然じゃないのか……気がつかなかった自分に腹がたつ。剛毅は怒りがこみ上げてくるのを必死に抑え、靖幸に詰め寄った。 「……いや、たまたま会って……話があるからって言うから、少し呑んだだけ……だから」  途端にさっきまでの勢いがなくなり、気不味いのか少しもごもごと喋るのが靖幸らしくなく、余計に腹が立ってくる。 「何されたの? どこで呑んだの? 嫌なことされたんじゃねえの?……なあ靖幸さん、話せよ!」 「お、怒るなよ。マアサのバーの側にある普通の飲み屋だよ……お前のことで話があるなんて言われたら気になるだろ?」 「……で?」  あの様子を見て、ただ話をしただけとは到底思えず探るように靖幸のことをじっと見つめる。いつも強気な靖幸が剛毅の顔を見ようとしないのもやっぱりおかしいし、マアサの店近くの飲み屋でピンとくる場所があった。 「何されたの? 言いなよ。俺のせいだろ? ちゃんと聞かせてよ」  思い当たる店のカップル席。カーテンで仕切られるため、足元は見えるもののキスくらいなら余裕で出来るし、剛毅自身も気の合った男に連れられてあの店でいやらしいことをされたことがあった。  靖幸が安田に手を出されているかもしれない……そう考えると怒りで声が震えた。 「……俺には無理だって。男相手は無理だろうって言われた。凄いバカにされたような気がして……そんな事ない、って言ったんだ」 「………… 」  確かに靖幸はノンけだと思う。それでも自分に興味を持ってるのも確信してるし、拒まれることもなかった。でも、安田に「そんな事ない」なんて言ったのか? 単に負けず嫌いなのか、天然なのか……やっぱりこの人は面白い……と、剛毅は靖幸の話を黙って聞いた。 「そしたら……そしたら試してみるか? って言われて、で……ここんとこギュッて掴まれて……」  そう言いながら、股間の側あたりを手で摩る靖幸を見て、剛毅はギョッとする。 「肩、抱かれて……耳……舐められて」  思い出しているのか、険しい顔をしながら首を竦めた。 「抱いてやる、なんて言われて……気持ち悪くて逃げてきた」 「………… 」  だからあんなに動揺して──  でもそれだけで嫌悪感丸出しで逃げてきた靖幸の様子に、やっぱり自分は特別視されているのかもしれないと気が付き、剛毅は嬉しく思った。

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