37 / 61
37 嬉しい言葉
「嫌だったね……俺のせいでごめんね」
剛毅はゆっくりと靖幸に近付く。
さっきから落ち着かないのか自分の腕をひたすら摩っている靖幸に、落ち着いてもらいたくてその腕にそっと触れた。
「……本当に、本当にあいつとは恋人同士じゃないんだな?」
上目遣いで見つめられ、剛毅はドキッとした。
この人はこんな可愛い仕草もするんだ……と、徐々に愛おしさが湧いてくる。部屋に入ってからの靖幸の言動が、自分に対する愛の告白にさえ思えてくる。
あんなにやきもちを妬いて、安田に嫌悪して、これは自惚れてもいいよな? と剛毅は自分自身に聞いてみた。そして自分の答えをジッと待つ靖幸に笑いかける。
「違いますよ。俺は恋人なんかいません」
はっきりと剛毅にそう言われた靖幸は、素直にホッとした表情を見せた。
「靖幸さん、今自分がどんな顔してるかわかります?」
「……?」
短い間に靖幸の色んな表情、そして感情を知った剛毅は、もっと踏み込んでしまってもいいんじゃないかと恐る恐る靖幸に両手を伸ばす。逃げられないように……驚かさないように、まるで野良猫を相手にしているかのようにさり気なく両腕をとり自分の方へ抱き寄せた。
「俺と安田さんが付き合ってるって思って、凄いやきもち妬いてるみたい……俺、嬉しいですよ? 靖幸さんがこんなに可愛い人だとは思わなかった」
「は? やきもちなんて妬いてない! おい、何だよ、離せ!」
また怒り出した靖幸は、剛毅の腕から逃れようと体を捩る。抵抗されても剛毅は力を弱めずに、寧ろ更に強く靖幸の体を抱きしめた。
「俺に抱きしめられて嫌ですか?……こうされるの気持ち悪い?」
わざと剛毅は靖幸の耳に唇が当たるようにして囁いた。一瞬ビクッと体が強張るも、その耳を真っ赤にさせただけで靖幸は抵抗するのをやめた。
「……嫌じゃない」
ボソッとそう言う靖幸に、剛毅はホッと安心する。目の前にある白くて綺麗な首筋にキスをしたくなるのをグッと我慢し、剛毅は靖幸から離れた。
「俺、あなたの事好きですよ……中学の頃、憧れてました」
前は指摘されてしらばっくれた。昔の情けない自分を思い出すのも嫌で、正直に言えなかった。
「前にあなたが言ってた通りです。昔あなたと会ったことあります……俺、靖幸さんと同級生でした。黙っててごめんなさい」
靖幸の視線を感じる。
過去の自分を打ち明けたこと、好きだと言葉に出したら、もうドキドキしてしまって面と向かって靖幸の顔を見ることができなかった。
「そっか……頑張ったんだな」
靖幸がひと言だけそう言うと、剛毅は思わず泣きそうになってしまった。まさかそんな言葉をもらえるとは思わなかった。自分のことをわかってもらえたことが嬉しくて顔を上げた。
「頑張って過去の自分を捨てたくて……必死に変わったのに靖幸さんにすぐバレて。見抜かれたことが正直怖かった。でも嬉しかったんだ……あなたは俺なんかのことを覚えててくれた。思い出してくれた……」
「………… 」
嬉しくてベラベラと喋ってしまったものの、やはり恥ずかしく剛毅は靖幸の視線にいたたまれなくなってくる。
「俺なんか、とか言ってそんなに自分を卑下するな。あと、安田と付き合ってないなら……その……そんな頻繁にあいつと会ったりするな」
安田と会うのは靖幸に気にかけてもらうため。会いたいから、好きだから会ってるわけじゃない。思惑通りの態度を靖幸が表してくれて、剛毅は嬉しくて胸が踊った。
それでも安田が自分と付き合ってるなんて言い出したことがどうにも引っかかる。単に靖幸をからかうために言ったことならまだいい。でもそうではなく安田が自分の態度に勘違いをしてしまっているのなら申し訳ない……誤解を解くためにもう一度連絡をしないと、と考えていた。
ともだちにシェアしよう!