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50 挑発

 てっきり靖幸が連れていかれたのかと思っていたから剛毅は少し驚いた。マスターが言うには靖幸が安田の手を引き、連れ出していたらしい。 「どうしたんです?」 「だって……お前にあいつを会わせたくなかったから!」  まるで子供のような表情を見せる靖幸に、剛毅は思わずマスターの顔を見る。マスターも靖幸の言動に目を丸くした。 「なに? どうしちゃったのよ。そんな理由で出て行ったの? へ? わけわかんない」  半分笑いながら靖幸の反応を確かめるようにじっと見つめる。剛毅も靖幸が何と答えるのかどきどきした。 「いや……恋人が元彼に出くわすのは面白くないだろ」 「……? え? どういうことよ! 剛ちゃん? 恋人って……」  靖幸のまさかの恋人宣言に剛毅は動揺した。だってあんなに認めたがらなかったのに、自分以外にこんなにもはっきり宣言するなんて……潔いんだか単純なんだか、靖幸に対するイメージがガラッと変わり剛毅の方が恥ずかしくて益々マスターの顔を見られなかった。  言うことだけ言った靖幸は、もう我関せずで残りの親子丼を黙々と食べ始めた。  とりあえずツッコミどころが沢山だ。  そもそも安田は元彼なんかじゃないし、もちろん付き合ってもいない。靖幸との事はこの場でマスターに報告するつもりでいたけど、勝手に暴露されたのが面白くない。それに靖幸が一人で安田を相手にしたのが更に面白くなかった。 「………… 」 「剛ちゃん、説明は?」  ジトッとしたマスターの視線に剛毅は「靖幸さんの言葉の通りです」と伝え、残りの酒を一気に飲み干す。マスターはそんな剛毅を見て大笑いした。 「いつのまにそんな事になってるのよ。でも剛ちゃん良かったじゃない。羨ましいわ……って、あら、帰るの?」  親子丼を食べ終え、そそくさと席を立つ靖幸にマスターは慌てて声をかける。 「ああご馳走様。帰るぞ」  一瞬睨まれたように感じ、納得行かないまま剛毅も席を立った。支払いを済ませ、マスターから「お幸せに」なんて冷やかしの言葉を浴びながら、先に出て行った靖幸の後を追った。 「なあ、何でそんなに怒ってるんですか? また安田さんに何か言われたの?」 「どうせ付き合うって言ったって、ノンけの俺は男相手にセックスなんて出来ないんだから、お前を満足させられるわけがないって……性欲の方は俺が賄ってやるから安心しろって……ふざけるな!」  こんな道端でこの人はなんて事言ってんだと剛毅は焦った。 「ちょっと。そんなの冗談なんだからいちいち怒らないでくださいって。それに俺、そんなに性欲強くないから……大丈夫」  性欲に関しては嘘だった。  取り敢えず怒り心頭な靖幸を宥めながら剛毅は自分の部屋へ連れ帰った── 「俺は……俺は! その……ゲイではないんだが、でもお前を見て欲情だってしたし……これから付き合うなら……お前がしたいって言うなら! してやっても……いいと……思ってる……」  玄関に入るなり、しどろもどろで靖幸が剛毅に訴える。真剣な顔を見れば大真面目に言ってくれてるのはよくわかった。 「無理してない? 別にいいんですよ? だって俺たちは「お友達から」でしょ?」  いつもすました靖幸が自分にだけ見せる不安げな表情とか、感情的になることにはかりしれない優越感を覚える。こう言ったらきっと負けず嫌いな靖幸は「無理なんかしていない」言うだろうと高を括った。すると案の定、思った通りの反応をするから笑ってしまった。

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