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56 出会わなければ──

 ドクドクと体の奥で感じる靖幸の鼓動、そのままギュッと抱きつかれたままの剛毅。背中に回した手に自然に力が入る。そして爪を立てられた小さな痛みに靖幸は我に返った。 「………… 」 「靖幸さん? どう……でした?」  自分の腕に抱かれている剛毅にそう聞かれ、靖幸は思わず頭を撫でてやりながら「よかった……」と呟いた。  男なのに……寧ろ自分よりガタイの良い剛毅が可愛く見える。愛おしさから離したくないと思ってしまう。 「好きだ……」  靖幸は剛毅の頭を抱え込むようにして抱きしめ、愛おしそうに好きだと囁く。  初めてしたセックスが気持ちの良いものだったのか、ちゃんと満足できたのか、それを確かめたくて「どうでした?」と聞いたのに、満足そうな顔をして好きだなんて突然に言われ、剛毅は恥ずかしさで顔が火照った。    いろんな事が想定外だ…… 「お前、俺以外の男とはもうするな」 「するな……って、しませんよ。だって……もう俺たち付き合ってるんでしょ?」  靖幸は剛毅の体をじっと見つめる。湧き上がった嫉妬心から、最中に思わず噛み付いてしまった。夢中だったから……と言い訳出来るはずもなく、靖幸は人を傷つけて喜ぶような人間などではないから、薄っすらと血の滲んだ剛毅の肩を見て胸が痛んだ。  靖幸が先程噛まれた自分の肩を見ていることに気が付いた剛毅は、小さく肩を竦めた。 「……靖幸さん、あんまり強いと……その……痛いのでお手柔らかにお願いします」 「ああ。そんな風にするつもりじゃなかったんだけど……でもこういうの好きなんじゃないのか?」 「………… 」  戸惑ったように聞いてくる靖幸に剛毅は笑うしかなかった。  相手がそうしたいのなら幾らでも付き合えるし、快感も伴うのなら酷くされても構わない。でもそういった性癖があるわけじゃない。痛いものは痛いのだ。好きな相手だから、適度な痛みなら快感に変えられる。 「あなたが俺を痛めつけたいって言うなら構いませんけど……でも俺はどちらかと言えば優しくされたい……かな」  剛毅は自分で言ってて恥ずかしくなった。  今まで特定の人とちゃんと付き合ったことなどなかった。所謂普通のお付き合いというものをしたことがなかった。いいなって思った相手でも身体だけの関係、飽きられないように相手の要求に合わせるところが多かった。それは相手が喜んでくれるのが嬉しかったから……  そしていつの間にやらそれが当たり前になっていた。  自分から相手に望むことがこんなにも照れ臭く恥ずかしいものだと、ましてや好きな人が相手だとどうにもこうにも擽ったく心地良かった。 「すまなかった。その……安田より俺の方がいいって……何となくそう思ってもらいたくて。初めてだし、自信なかったから……」  すごい……  この人はヤキモチを妬いてくれているのか?  剛毅は初めて学園で靖幸の事を見かけた時を思い返した。  あの時は気付かれないことにホッとしていた。  靖幸に関わるようになって、やっぱり過去の恋心が蘇ってきた。それと同時に嫌な過去も思い出された。当時の憧れのままの靖幸にまた惹かれていった。  思い出してもらいたくない気持ちと気付いてもらいたい気持ち。  それがまさか恋人同士になれるなんて思ってもみなかった。 「なあ、いつもニヤついてるけど……何考えてるんだ?」  靖幸に顔をのぞき込まれて慌てて顔を隠す剛毅。 「……俺、あなたに再会出来て……良かったです。ありがとうございます」  顔を隠したままの剛毅がごにょごにょと言うのを聞いて、靖幸は黙って頷いた。  この短期間で自分に湧き出た様々な感情に戸惑う事ばかりだった。  気になってしょうがなかった。自分の独占欲に嫌悪した。嫉妬心から剛毅を傷付けたり、浅ましく感じた自分の言動を恥じもした。それなのに剛毅は出会えたことに感謝してくれている。そう気付いたら嬉しかった。  剛毅と出会えたことで知らなかった様々な感情を知ることが出来た。面倒くさい、煩わしいと感じ避けてきたことさえ剛毅と一緒なら別にいいと思えるようになった自分に少々驚く。  出会わなければこんな面倒な感情、知らずに済んだのに……  剛毅が無断欠勤した時にそう思った。仕事終わりにマアサの店で夕飯を済ませ家に帰ってもどうにも落ち着かずに、あてもないのに探し回ってしまった。見つけた時はイラつきもしたけど心底ホッとした。  そして今、体を重ねこうして剛毅を抱きしめている。  人を好きになる……ということ。  知れてよかった。 「俺の方こそ……ありがとう」  泣きそうになってる剛毅を抱きしめ、靖幸は笑って剛毅にキスをした。

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