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我が儘

 何となく気不味い空気が流れる中、意を決したように剛毅が靖幸の顔を覗き込んだ。 「ねえ、何か怒ってます?」  テーブルの上の靖幸の掌を、剛毅はゆっくりと撫で回しギュッと握った。 「何だよ、離せよ……」  突然手を握られ、焦ったように靖幸は手を振りほどく。それでも剛毅は怯む事なく手を握り続けた。 「別に外じゃないんだからいいでしょ? 靖幸さんとこうやって近くにいられるの、久し振りなんだし」  更に体を近付け、剛毅は靖幸に甘えたように「何で怒ってるの?」と話を続ける。相変わらずそっぽを向いている靖幸は、顔も見ずに「別に怒ってない」と素っ気無く答えた。 「そうですか、ならいいけど──」  剛毅はそれ以上は話す事なく、意外にもあっさり体を離した。そんな剛毅にちょっと戸惑う。剛毅のことだからもっとああだこうだと詰め寄ってくるのかと思ったのに、何となく納得いかないままマスターが用意してくれた夕食を食べ始めた。  食べている間中、剛毅は黙って一人で酒を飲んでいた。靖幸もこれといって何も気にすることなくいつものように食事を済ます。少し客も増えてきて、店内が賑やかになってきたなと周りを見ると、いつの間にか隣に座る剛毅の向こう側に知らない男が座っていた。 「え? ダメですよ。俺、ツレいますもん……ん? ふふ、そういうの無理だから」  向こうを向いている剛毅の表情は靖幸からは見えなかった。それでも剛毅の向こう側にいる男の表情は靖幸の位置からよく見えた。自分らより少し年上に見える男は剛毅を口説いているように見える。剛毅も誘いを断るような素振りを見せているものの、満更でもない風で、靖幸にはヘラヘラしているように見え腹が立ってしまった。 「おい、もう行くぞ」 「え? 靖幸さん、もう食べたんですか?」 「いいから! ヘラヘラするな」 「………… 」  堪らず剛毅に声をかけるも、イラついていたのもありいつも以上に無愛想な言い方になってしまった。でも剛毅が知らない男と楽しげに会話をしているのがどうしても嫌で、咄嗟に手が出てしまう。腕を掴まれた剛毅は怪訝な顔をするものの、「はいはい」と席から立ち上がりマスターに声をかけた。 「マスター、そろそろ行くね。ご馳走さま」 「おい、何だよ、俺との話、終わってねえだろ? もう行っちゃうの?」  隣にいた男は立ち上がる剛毅の手を掴む。 「ああ、ごめんなさい。ツレがいるって言ったでしょ。またの機会に……」  チラリと靖幸は隣の男に視線を送り、こいつは俺のだと言わんばかりに睨みつけた。相手はすんなりと引き下がり、剛毅と靖幸は店を出た。 「何なんだよ! またの機会に、って!」 「え? そんなの愛想に決まってるでしょ。本気じゃないですよ? だって靖幸さんいるのに、もう出会いなんて求めてませんて」  すっかり機嫌を損ねた靖幸は剛毅に対して怒りを隠すことなく不機嫌に接する。言われなくても社交辞令の言葉だと分かっている。それでも自分以外の男にいい顔をされるのは面白くなく、我が儘だと分かっていてこんな態度をとってしまう自分自身にも腹が立った。

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