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欲情した顔

「今日は、靖幸さんの部屋、行っても……?」 「……別に」  相変わらず無愛想な靖幸に、剛毅は小さくため息を吐く。先ほど垣間見れた自分に対する独占欲のようなものは幻だったのかな? と、嬉しかった手前ちょっと残念に思った。 「あぁ、やっぱり俺、もう帰りますね」 「は? 何でだよ!」  剛毅の言葉に靖幸はガバッと顔を上げ睨みつける。不機嫌な態度全開なくせして「何でだよ」なんて、それはこっちのセリフだよと可笑しくなった。 「何でって、靖幸さん怒ってるし。俺いないほうがいいでしょ?」  きっと靖幸は怒っているわけじゃないのだろう。剛毅は何となくわかっていた。ちょっと意地悪をしてみただけ。元々この人は愛想のいい人でもない。付き合ったからといって人柄が変わることはない。そう思い剛毅は靖幸の顔色を窺った。 「怒ってない……ちょっと困ってるだけだ」 「え? 何それ、何に困ってるんです?」 「何でもない。困ってない」 「………… 」  何を考えているのかわからない。否、もしかしたらこの人ほどわかりやすい人はいないのかも、と、そう思ったら少し気が楽になった。 「じゃあ、靖幸さんの部屋で少し飲み直しましょ」  恋人同士なのだし遠慮することもないなと剛毅は開き直り、戸惑う靖幸の前を歩いた。  何度か訪れた事のある靖幸の部屋。いつもきっちり整理整頓され余計なものもなくすっきりと片付いている。剛毅の部屋とは正反対だ。玄関に入ると芳香剤の匂いなのか、ほのかにいい匂いが鼻を擽る。俺の好きな匂いだな……と少し嬉しくなりながら、剛毅は背後にいる靖幸を振り返った。 「お邪魔します……靖幸さん、ギュってしてもいい?」 「は?」  何言ってんだ? と睨まれると同時に剛毅は靖幸を抱きしめる。腕の中に収まった靖幸の体が緊張からか固くなっているのがわかった。 「まだ緊張する? 俺の前では素でいてもいいんですよ」 「うるさい……緊張なんかしていない」  離れろ、と言いながら靖幸は体を捩り腕から抜け出すと、冷蔵庫を開け無愛想に缶ビールを剛毅に手渡す。そうだった、飲み直そうと言ったんだっけ……と、もう既に飲む気がなくなっていた剛毅は口をつけずにテーブルに置いた。  あんな欲情した顔をして「何でもない」だなんて笑っちゃう── 「俺、今日泊まってもいいですか? シャワー借りますね」 「いや、あっ、ちょっと待てって……くそっ、何なんだよ、勝手に……」  やっぱり剛毅のペースに振り回されているように感じた靖幸は、イラつきながらテーブルに置かれたビールを冷蔵庫に戻す。ぶつぶつと文句を言いながらも小さく聞こえてくるシャワーの音に、自分の下で艶かしく喘ぐ剛毅の表情を思い出し下腹部が熱を持った。

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