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第5話:バルトロメオ5

 振り上げられた鍬の柄を、大きな手がユァンの頭越しに跳ね飛ばし――。  上半身をひねって振り返ったユァンの体は、その人物の腕に抱き寄せられる。  熱く湿った胸板、乱れた呼吸と鼓動。むせ返るような男の匂いを感じた。 (……だ、誰なの?)  見たこともない男だった。異様に背が高く、肩幅もたっぷりある。  抱き留められている、胸の厚みからして普通じゃなかった。  たくましい肩に落ちるのはバネようなドレッドヘア。全身から熱気を発してみえる。  自分よりだいぶ高い位置にある、男の瞳と目が合った。  その瞳がすっと細められ……。  それに見とれた一瞬のうちに、鍬を持った人物は足音を響かせ、雨の中へと走っていってしまった。  ユァンは呆然として、離れていく足音を聞く。  大男が追いかけていったが、時を置かず、さっきの鍬を手に戻ってきた。 「……大丈夫か?」  そんなふうに声をかけられ、ユァンは自分が茫然自失の状態だったことに気づく。 「あ……そうだ、ペティエ神父は!」 「心配ない。いま確認したが、その男は気絶しているだけだ。手当てできる場所に運ぼう」  男の低く落ち着いた声が伝えてきた。 「……そう、よかった……――」  ほっとした途端、全身の力が抜けてしまう。 「おいおい! 手のかかるお姫さまだな」  ひざが床に着く直前、またさっきと同じ男の胸に抱き留められた。 (お姫さまって……僕は男だ。だいたい修道院に女がいるわけ……)  頭の中で反論するが、腹に力が入らず声にならない。  その上、闇に慣れてきたはずの視界に黒いもやがかかり……。  *  気がつくとユァンは、元いた山羊小屋の飼葉の上に転がっていた。  何が起きたのか分からなかった。  ただ、辺りは白々とした朝の光に照らされている。  首を持ち上げると、視線のすぐ先で生まれたての子山羊たちがユキお乳を飲んでいた。  その光景を目にした途端、じわじわと目頭が熱くなる。 「ユキ……」  ユキが子山羊たちに向けていた鼻先を巡らし、ユァンを見て微かに鼻を鳴らす。それは彼女が普段、腹が満たされた時にする仕草だ。  今はきっと心が満たされているんだろう。 「ああ、ユキ!」  這っていって、彼女の頭の上にキスをした。乳を飲む子山羊を邪魔しないように気を遣う。  ユキがくすぐったそうに首を揺らした。

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