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第19話:バルトロメオ19
「……悪い、やりすぎた」
「…………」
「一瞬だが、きれいな唇を奪ってしまった」
「………………」
「おい、ユァン?」
太陽がまぶしい。勢いつけて引っ張り起こされ、ようやくユァンは我に返った。
「え、と……つまり、警戒を……?」
警戒しないでいたらどうなるんだろう。びっくりしたけれど、今されたことが嫌だったかといえば、それも分からなくて混乱する。
バルトロメオが人差し指と親指で、ユァンの頬をむぎゅっとつかんできた。
「まあアンタみたいなタイプは、言っても無駄なんだろうな。誰かが守ってやらないと」
「それは……」
いい大人が、と呆れられているのは分かる。けれどユァンとしては、無闇に人を疑いたくはなかった。
人は生まれながらにして原罪を背負っているけれど、本質的には善なるものである。裏切られてもいい、人の善なる心を信じたい。
それが修道士としてのユァンの思いだった。
「人を疑いたくないんです」
思い切ってそう告げると、今度は反対側の頬までつかまれた。
「いいのか? 山羊より先に、アンタが食われる」
「もちろん山羊は守ります。けど、僕自身は……」
狼に食べられる自分を想像する。被虐的かもしれないけれど、その狼が空腹なら……食べられてやるのも神の道のように思えた。
キッと視線を上げると、意外に真剣な顔をしていたバルトロメオに睨み返される。
「やめろ、そういうのは!」
「……えっ?」
「自己犠牲 とか、俺はそういうのは好きじゃない。教会のやつらはみんな大好きみたいだけどな」
投げつけるように言って、バルトロメオは立ち上がった。
「バルトさん?」
ユァンは仰 ぎ見るが、腰に手を当てた後ろ姿が見えるだけで彼の表情は分からない。
「……悪い、関係ないアンタにぶつけるべき言葉じゃなかったな」
(関係ない……)
その言葉が小さな棘 となって胸に刺さった。後悔の漂 う背中に話しかけ、彼の真意を探ることはためらわれる。
(気になるけれど……僕は、僕のやるべきことをするだけだ)
いま自分に与えられた仕事は山羊たちの世話と、見習い修道士に身をやつす客人の対応ということになる。ユァンはそれを自分にいい聞かせ、山羊たちの方へ視線を向けた。
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